第15話:ご飯の幽霊
散歩がてら最寄りの神社に参拝を行ったのだが、何となくいつもとは違う方から境内に入った。
いつもは正面から入って本殿を拝んでから稲荷社を拝んで出るのだが、稲荷社側から入ったため、一旦稲荷社をスルーして本殿を拝み、また戻って稲荷社を拝むという二度手間を踏んでしまった。
参拝を済ませると急激にお腹がすいてきたので、ふと目に入ったチェーンの定食屋に寄った。
広い店内は閑散としていて、ぱっと見清潔なのだが、どこか薄暗くて寒々しかった。
トレーを持って小鉢を乗せ、最後に大物を注文する形式なのだが、ラップをかけられた小鉢の中身はどれもしなびている。
手ごねハンバーグを推しているようだったので、ライス、なめこ汁と一緒に頼んでみた。
覇気のない店員に札を渡されて席で待つ。
見渡すと、店内にはくたびれた中年サラリーマンが二、三人、大声で孫の進路についてしゃべっているマダムが二名、ジャージ姿の大学生風の男性が一名いた。
マダムたちを除いては、みな生気のない虚無顔でぼそぼそ定食を食べている。
ほうじ茶を入れに行くと、機械からちょぼちょぼと尿でも垂らすみたいにお茶が出てきた。
座った席の箸入れにはなぜか一本しか箸が入っていなくて、隣の席から拝借する。
普通偶数なんじゃないかと思いつつ待っていると、ハンバーグが運ばれてきた。
写真ほどおいしそうではないが仕方ない。
食べてみると、かなり腹が減っているはずなのに美味しくない。
かといって、不味いというわけでもない。
なんというか、ハンバーグという名前から想像できる最低限の味を再現した、という感じだ。
なめこ汁は少ししょっぱく、煮すぎているのかなめこの旨味が飛んでいて、ぬめぬめした食感だけが残る。
ご飯も甘みがなくて硬くも柔らかくもなく、ねちゃぁっと不快な粘り気だけが歯にくっついてくる。
何と言うか、ハンバーグの、なめこ汁の、ご飯の、それぞれの概念だけ再現したような食べ心地なのだ。
客の多くが虚無顔になる理由が分かった気がした。
美味ければ嬉しいし、不味ければ後でネタにもなろうが、どちらでもない食事というのは虚しいものだ。
同じ料金でもっと美味いものが食べられただろう後悔、人生の貴重な食事一回を、このような虚無で終えることの残念さ、時間を無駄にして心がすり減る感覚。
マダムたちの習い事についての会話だけが響く店内には、咀嚼音すら鳴っていなくて、ただただ虚無の顔した人間たちが背中を曲げて食事していた。
サラリーマンが二人帰り、入れ替わりに80近く見える老夫婦が入ってきた。
マダムたちの会話はループして、また孫の進路の話をしている。
何とか食事を終えてレジに立つが、もたもたしている店員はトレーを運ぶのに手間取って一向にこちらにやってこない。
老夫婦が入り口の水道で、ものすごい勢いで水を出して手を洗っている。
滝に打たれる枯れ木のように見え、骨折しないか心配になった。
やがて店員がだるそうにやって来て、1265円の支払いをした。
近くの吉野家に行った方が良かったと思いながら店を出て、コンビニに寄って家に帰った。
そう言えば店の名前ってなんだったっけ。
二度と行かないためにも把握しておきたいと思い、グーグルマップを立ち上げて調べてみた。
すると、マップ上では店の位置は車屋になっている。
確かに国道沿いでホンダやベンツ、中古車販売店などが並ぶ地域ではあったが、飯屋も点在していたはずだ。
ストリートビューを使いつつ調べたが、やはり飯屋は存在していなかった。
グーグルマップには同じ撮影地点でも過去の画像だったりすることがあるし、多少の反映遅延もある。
そこで時間をさかのぼってみると、2014年には定食屋があり、2019年にもまだ営業していた。
しかし、2022年撮影時点では、そこは車屋になっているようだった。
現在は2024年、じゃあさっき食べてきた店は一体?
翌日、同じ場所に行ってみると、そこは地図の通り車屋だった。
近くにある食事処は吉野家やインド料理店など、定食とはかけ離れたお店ばかり。
狐に抓まれた、というより化かされた気がした。
私は存在しないお店、いわば幽霊店舗に行ったのだ。
どれも概念だけの食べ心地だったのは、あのお店自体が実体のない幽霊だったから、出すものも実体のないご飯の幽霊だったというわけだ。
では、客たちはどうか?
虚無顔の幽霊だったのか。
いや、おそらく虚無顔の人間たちは、私と同じ化かされた者だった気がする。
会話がリピートしていたからマダムたちは幽霊だったかもしれないが、あの店で唯一生気があったのでこれも分からない。
老夫婦はまあ、どっちでもいい。
ご飯の幽霊を食べたことで身体に何か影響はあるのだろうか。
分からないけれど、ひとまず祈っておこうと思い、神社に寄った。
今度はいつも通りのルートで入り、本殿を拝んでから、赤い鳥居をくぐって稲荷社を拝んだ。
すっかり暗くなった中で、蝋燭の光に似たオレンジ色のライトが揺らめいた。
稲荷の狐が笑った気がした。
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