第10話:ディルドのなる木

 ディルドのなる木があった。


 もちろんそれは比喩表現で、住宅街の空き地に立つ古木に、誰かがディルドをくっつけていったのが、どうやら発端らしかった。


 ディルドは日に日に増えていき、1年足らずで大小さまざまなディルドが100本以上が古木から突き出す異様な光景になっていた。


 ちょうどテレビでやっていた「沿線の金網にコーヒー缶を刺す問題」を思い出した。


 何も刺されていない金網にコーヒー缶を一本刺した者がいたとする。


 これだけでは違和感があるだけで、続いて刺そうという者は現れない。


 しかし、2本刺さっていると、なら自分もやっていいかと次々にコーヒー缶が刺されていくらしい。


 1本では不届き者がいると感じるが、2本だとみんなやってるんだ、と罪悪感が軽くなるのが人間心理とのことだ。


 ディルドもきっと同じだったのだろう。


 ディルドがどんどん増えていくのに伴って、変な由縁やおまじないも噂されるようになった。


 いわく、「フラれた女性が腹いせにくっつけた」「恋人がほしいならディルドを貼ると同じサイズのものを持った恋人ができる」「不妊に効く」「彼氏が絶倫になる」「モテる」「フラれる」「EDになる」「元恋人と復縁できる」「夜に誰にもバレずに貼ると思い人と結ばれる」といったような内容だった。


 当時小学校低学年だった私でもけっこう知っていたのだから、大人たちはもっと色々な噂を知っていたはずだ。


 実際にディルドの木を見たこともある。


 ディルドの木がある場所は学区的にはギリギリ別の学校なのだが、祖母の家が近くにあったから、私は月に2~3回くらいその近辺で遊んでいた。


 ディルドの多くは肌色か白だったため、遠くから見ると本物の枝のように見えた。


 近づいてみると、ディルドは足元から二メートルくらいの高さまで貼り付けられていた。


 古木の幹は灰色で、さらりとした触り心地はどことなく女性の肌を思わせた。


 近くの小学生たちがディルドで輪投げをしたり、木の枝で弾いてビヨヨ~ンとしならせては爆笑していた。


 私も混ぜてもらって、石を投げたり、木をブーメランみたいに投げたり、水をかけたりして遊んだ。


 しかし、誰一人としてディルドを素手で触ろうとはしなかった。


 触ると呪われるとか、穢れるとか、そういうことが小学生たちの間で言われていた。


 ディルドの木が有名になるにつれて、町内会かPTAか知らないが、偉い人たちが本格的に認知したのだろう。


 教育にも悪いし、さすがに町の醜聞ということでディルドをすべて撤去することになった。


 ここからは、祖母と近所のおばさんが玄関口で話していたことである。


 私はその日家にいて、トイレで大きい方をしていた。


 畑で採れた野菜を持って来たおばさんと、祖母は立ち話をしていて、ディルドの木の顛末の話になったのだ。


 私は高校生になっていて、ディルドの木なんて忘れかけていたから、そんなのあったなぁ、懐かしいなぁと思って聞き耳を立てていた。


 何でも業者が入ってディルドを取ろうとしたらしいのだが、どんなに引っ張ってもディルドはびくともしなかったらしい。


 いくら古木の表面がさらさらで凹凸が少ないとはいえ、大の男が引っ張って取れないとはおかしな話だ。


 困った業者は仕方がないので、ディルドのついた部分を削って無理やり剥がしていったそうである。


 工事が終わった後の古木は、巨大な怪獣に何度も齧られたかのように樹皮のあちこちが抉れていて、とても痛々しかったという。


 案の定、古木は枯れてしまい、翌年には切り倒されてなくなった。


 それから数年のうちに、ディルドを剥がした業者も古木の後を追うように倒産した。


 事故が相次ぎ、何人も死傷者が出て、社員がみんな辞めてしまったそうだ。


 しかも、事故者のすべてが、何らかの形で身体を貫かれていたと聞く。


 画鋲や釘で手や足を怪我した者から、杭打ちで誤って挟まれた者、一番ひどい事故では山の工事でショベルカーが落下し、社員が数人尻から鉄骨に貫かれて死亡したとのことである。


 もちろんディルドの木の呪いだという話も出たが、木はとっくになくなっているので、祟りを収める術もない。


「結局木の祟りかディルドの祟りか、どっちだったんでしょうかね」


 祖母が言うと、おばさんは「どっちでしょうね。どっちもじゃない?」というようなことを言って帰って行った。


 トイレから廊下に出ると、ちょうど野菜が入ったビニール袋を手に提げて台所に向かっている祖母と目が合った。


「っ……!」


 思わず叫びそうになった。


 祖母はぎょろっと大きく目を見開いて、とてつもなく憎いものを見るような目で私を見ていた。


 昼間だから電気も消えていて、玄関からの逆光もあって廊下は薄暗かったのだが、二つの目だけが異様に白く、光って見えた。


 それはまさしく般若の面の形相だった。


 手にしたビニール袋は不自然にデコボコと膨らみ、まるで中に何本ものディルドが入っているかのようだった。


 私は踵を返して階段を上がり、二階の自室に急いで入り、祖母の足音が追ってきやしないかと息を殺した。


 普段は優しく、いつもニコニコしている祖母だったから、インパクトがすさまじかった。


 しかし、それ以上は何もなかった。


 夕食のためにおそるおそる下りて行った時には祖母はいたって普通の様子で、おばさんがくれた野菜は冷蔵庫にぎっしり入れられていた。


 念のために夜中こっそりゴミ袋を漁ってもみたが、ディルドなんてどこにもなかった。


 後日、気になって件の業者をネットで調べると、確かに倒産していたが、悲惨な事故の話は見つからなかった。


 当時は今ほどネットも発達していなかったから仕方ないのだが、あるいは隠ぺいされていたのだろうか。


 今となっては何も分からない話であるが、ディルドの木の思い出としてここに記しておく。

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