第9話:泉の広場の赤い服

 ダンジョンと名高い大阪梅田の地下街に、かつて泉の広場と呼ばれる待ち合わせスポットがあった。


 繁華街である東通りや天神通りと、JR大阪駅や阪急梅田駅を繋ぐハブ的な場所で、駅方向への地下道と、地上への階段がいくつも合流する便利な場所だった。


 円形の広場の真ん中には特徴的な噴水の泉があり、周囲には待ち合わせする人々がたくさんたむろしていた。


 ここは有名な「赤い服の女」という怪談の舞台である。


 簡単に言うと、泉の広場で待ち合わせをしていたら赤い服を着た異様な雰囲気の女がすごい速さで近づいて来て、襲われそうなところで何とか助かるとかそういった感じだ。


 これは都市伝説的なもので、2000年代初頭くらいに語られていたらしいが、自分が大学生だった2010年代後半にはもうすっかり廃れていた。


 みんな知ってはいるものの、チープな怪談というか、そんなん昔はあったらしいねと言われる程度の怪談に落ち着いていた。


 しかし、大学のオタク系同好会でお世話になっていた大山先輩(仮)にとっては、この怪談は現在進行形のものだった。


 大山先輩とTOHOシネマズで映画を見てから東通りで焼き肉をすることになった。


 地下道を歩いていくと、当然ながら泉の広場に差し掛かる。


 そこで先輩は「あっ、やっぱりおった」と呟いた。


 私が「なんすか?」と尋ねると、「あれ、赤い服の女おるやろ」と先輩がトイレの前を指さした。


 すたすたとスマホを見ながら広場を横切る赤いコートを着た女が確かにいたが、怪談にあるような姿ではなく、茶髪で今時のOLといった感じの人だった。


 彼女はそのまま広場を横切りどこかしらに去って行った。


 地上への階段を上りながら「さっきの何なんすか?」と聞くと、先輩は「俺が泉の広場来ると必ず赤い服のやつがおんねん」と何でもないように言った。


「それって例の怪談っすか?」


「やっ、女だけじゃなくて男も含む。とにかく服のどっかに赤いパーツがあんのよ」


 待ち合わせに使われる場所なのだから、そりゃ赤い服を着た人物と遭遇する確率は高いだろう。


「ただの偶然じゃないですか?」


「まあな。でも絶対おんねん」


 先輩は譲る気はないらしかったが、その時はそれ以上は特になく話は終わった。


 それからも大山先輩とは年に4、5回梅田で飲んでいたのだが、一緒に泉の広場を通ると確かに赤い服の人物がいた。


 赤いダウンでクリスマス商戦を戦う中年男性、派手な赤いソックスの若い女性、カバンが赤かったこともあるし、靴が真っ赤だったり、帽子が赤かったこともある。


 とにかく、一目見て「ああ、赤いな」と思う人が、先輩と泉の広場に行くと視界の中に見つかったのだ。


 はじめは(そう言えば前に先輩が言ってたな……)くらいだったのだが、3回も4回も続くとさすがに気になり出した。


 先輩の方はもう慣れてしまったのか、私が「赤い服またいますね」と言っても、「せやな」くらいで気にも留めていなかった。


 いつの間にかこの現象は先輩個人の不思議というよりも、私が先輩といる時に発生する不思議のように思えてきてしまったほどだ。


 ちなみに私一人で泉の広場を何回か訪れてみたが、赤い服の人はいたりいなかったりで、打率としては三割くらいだったと思う。


 やはり先輩がいないと、赤い服の人と必ず遭遇はできないようだった。


「あれ……」


 今でも覚えている2018年の冬、先輩との飲みも20回目になるかならないかくらいの時だった。


「先輩、今日いないっすよ! 赤い服の人!」


 鍋を食べに行く道中、泉の広場を通ったのだが、赤い服の人が視界のどこにもいなかった。


 なぜだか分からないが、すごく嬉しい気持ちになってそう言うと、先輩は「いや、おるわ」と呆れたように言った。


「えっ、どこっすか?」


「お前のシャツ、今日赤いやん」


 言われてみれば、私はコートの下にユニクロで買ったチェックの赤いシャツを着ていた。


「うわっ!」


 まったくの無意識だったから驚いて、つい大きな声を出してしまった。


 先輩はそんな私を見て、どこか寂しそうに「はよ行くで」と階段を先に上って行った。


 その日食べたのが赤から鍋だったのは偶然だろうか。


 翌年の2019年頭、先輩はうつ病を患って会社を辞めて、奈良の実家に帰っていった。


 そして、数か月後に首を吊り、ひっそりと亡くなってしまった。


 時を同じくして、泉の広場の噴水は撤去され、全面リニューアルとなった。


 葬儀で聞いた話だが、先輩は最期、全身赤い服を着ていたらしい。

 

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