第7話:重なっただけ

 ある休日、里子さん(仮)はデートのため家から出ようとした時に、ふと何かが焦げるようなニオイを嗅いだ。


 ガスを消していなかったかもと急いでキッチンに戻るが、元栓までしっかり閉まっていた。


 気のせいだったのかと思い、また玄関に行く。


 すると、履きかけで放り出した靴が、こちらにつま先を向けてきちんと揃えて置いてある。


 まるで帰ってきたばかりのようである。


 偶然にしては揃いすぎているが、そういうこともあるかと思って靴を履く。


 ドアを出て鍵をかけようとすると、鍵が見つからない。


 鍵置きにも、カバンの中にもない。


 仕方ないので予備の鍵を物置の秘密の場所から出してきた。


 すると、ドアの前に大嫌いな蜘蛛が居座っていて近づけない。


 さすがにおかしいと思ったが、早くしないと彼氏とのデートに遅れてしまう。


 鳥肌が立つのを我慢しながら、里子さんは手だけ伸ばして何とか鍵をかけた。


 物置に戻していざ最寄り駅に向かうと、急に夕立が降ってきた。


 傘を忘れたことに気付いたが、半ば意地になっており、走って駅までたどり着いた。


 改札にタッチすると、残高不足で弾かれた。


 イライラしながらお金をチャージしたが、今度は電車が落雷で遅延するとのアナウンス。


 さすがにどうしようもなくなり、彼氏に「ごめん、体調悪くて無理だわ」とメッセージを送った。


 彼氏からは「お大事に」とキャラクターのスタンプが返ってきた。


 コンビニで傘を買ってとぼとぼ家に帰ると、なかったはずの鍵が鞄の底から見つかった。


 里子さんは、何かに家を出るのを邪魔されたという現象について、インターネットで調べてみた。


 しかし、よく言われる「亡くなった祖父母が守ってくれた」「生き物を助けたお礼」「動物的な第六感」「よくないものが邪魔している」「彼氏が浮気しているのを無意識に察していたため」「人間関係で恨みを持つ者の呪い」などの原因は、何一つピンとこなかった。


 あらゆるタイミングが、ただただその瞬間に重なっただけだと里子さんは結論付けた。


 この話は、里子さんの結婚式の打ち上げで、彼女の口から直接聞いた。


 ちなみに旦那は、その時の彼氏だ。


「やたら記憶に残ってんねん。何のオチもなくて申し訳ないけど」と、里子さんは幸せそうに笑った。

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