第5話:一物占い

 友人の山本くん(仮名)から聞いた話。


 彼は長野県北部に住んでおり、小さい頃は毎年盆と正月に南信の祖父母宅へ家族で旅行していた。


 その際、高速道路のちょうど中間地点である梓川SAで休憩を取るのが常であった。


 梓川SAはかなり大きな施設で、レストランや土産物屋が入った本館と、大きなトイレのある別館とを、自販機が置かれた廊下が繋いでいる。


 そのため、まずトイレに行き、自販機の廊下で待ち合わせ、家族がそろったところでレストランに行くという動きが定番だった。


 初めてそれに遭遇したのは、小学1年生か2年生の時だったという。


 山本くんがお父さんとトイレに行き、並んで用を足していると、不意にひょいっと誰かに股間を覗かれた。


 そして、「大吉!」と言われた。


 見れば、山本くんと同じくらいの年齢の小学生男児が、小便をする人々の股間を次々に覗いて、「大吉!」「吉!」「末吉!」などと運勢を告げて回っていた。


 男児は白いシャツに短パンをはいて、頭に黄色いキャップを被っていたそうだ。


 一通り告げ終えた彼は、そのまま手も洗わずに小走りでトイレを出て行った。


 便器の前に立った男性たちは、みな狐につままれたような顔で男児の方を見ていたという。


 それ以来、山本くんは梓川SAに止まるたびに、この一物占いをする男児と遭遇したらしい。


 ただし、自宅から祖父母宅に行く時だけで、帰りは遭遇しなかったというから、片側のSAにしか男児は出没しなかったことになる。


 山本くんは男児がどんな基準で運勢を告げているのか気になった。


 はじめはおしっこの出ている勢いかと思ったが、山本くん自身が2回目も3回目もだばーっと出している時に異なった運勢を告げられるため、関係ないことが分かった。


 また、一物の大きさや形も、毎回違う運勢を告げられていることから、関係ないと理解した。


 不思議なことに、お父さんはこの男児についてあまり覚えていなかったのだという。


 山本くんは梓川SAに行くたびに「今日はあいついるかな」と思っていたそうだが、お父さんに話しても「なんだそれ?」という反応で、運勢を告げられた後も「変な子だったな」くらいで済ませていたらしい。


 それは他の大人もそうだったようで、股間を覗かれてもイヤな顔をしたり、怒鳴ったりする大人はいなかったという。


 普通、排尿中に覗かれれば不快になろうものだが、子どもの仕業だったからなのか、誰も気にしていなかったそうだ。


 山本くんは一度だけ、男児を追ってみたことがあるという。


 小学五年生の時、彼に運勢を告げられた瞬間に思いっきりいきんで尿を出し切り、急いで後を追ってみた。


 男児がちょうど出口の角を曲がったので、一秒もかからず山本くんも角を曲がって自販機の廊下に繋がる半野外に出た。


 すると、男児の姿はどこにもなかった。


 自販機の廊下は真っすぐ続いており、左手側は駐車場に向かって開けているため、隠れようがない。


 考えられるのは右手側の女性トイレに駆けて行ったことだが、そちらから出てくる人たちにも特に変わった様子はなかった。


 さすがに男児が走ってくれば、後ろを見たり、怪訝な顔をしていそうなものだが、そういった反応はなく、足音なども聞こえなかったという。


 山本くんは中学生で部活を始めてから帰省に付き合わなくなったため、梓川SAに寄ることもなくなった。


 あの男児のことは結局何も分からないままなのだが、一番分からないと思ったのは占いの結果だったという。


「大吉とか末吉とか言われたけど、それでなんか起こるってことはなかったんだよね」


 ちなみに、凶とか大凶という言葉は一度も聞かなかったとのことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る