最終話 不器用なあなた

 俺は今、念願のドームツアーを行っているわけだが、グループがここまで大きくなったことにちょっと感動。いや、かなり感動。 


 何十万人もの観客を動員しているらしいが、正直興味はなかった。人が多いと、見つかる人も見つからなくなるから。 


 いつも、彼女が俺のライブに来てくれることを願っていた。 


 ステージに立っていても、アリーナから遠くの席まで意外とファンの顔は見えるもんだ。 

 

 しかし、必死に会場全体を見渡しても俺の待ち焦がれているその顔が見つけられることはなかった。 


 おかげで俺のファンサが一人ひとりに対して丁寧だって言われているから、まあ良しとしよう。 


 

 

 「ドーム公演始めてから、一気にファンレターの数が増えましたね。」 

 

 マネージャーはそう言って大きな段ボールを俺に渡してくれた。中にはごっそりとファンレターが入っているわけだが、正直読み切れない量だ。 

 

 すべてが俺に宛てたもので、ちょっと笑ってしまう。 

 

 ためしに手紙の束を掘り返していると、そこには見覚えのある字があった。 

 

 『上原春輝様』 

 

 俺が見間違えるはずがなかった。 

 

 高校時代、俺はずっとこの人の文字を見てきた。 

  

 急いで手紙を開けると、そこには見覚えのある字がびっしりと詰まっていた。 


 「ビンゴ…。」 


 先生の字だった。 

 

『上原春輝様 


 ドームツアーおめでとうございます。ファンレターとか書いたことがないのでよくわからないのですが、読んでくださっているなら嬉しいです。 


 高校は無事に卒業できているようでよかったです。先生がいなくてもちゃんと頑張ったようで偉い! 

 

 先生も、たくさんの教え子が名門大学に合格していくので、この年で伝説の家庭教師になれそうです。 

 

 英単語帳を返してもらうのを忘れていました。仕方がないのでプレゼントします。海外進出した時のために英語の勉強は続けてください。 

 

 そして、重要なことを教えるのを忘れていました。 

 先生は、彼氏がいたことはありますがキスをしたことはありませんでした。要するにあの時が初めてです。参考にならなかったようでごめんなさい。』

  

 手紙はそれで終わっていた。

 

 俺のファンレターに、愛してるとか大好きとか、そういう言葉を書かない人はいないのに。 

 

 どうしてこの人だけが、欲しい言葉をくれないんだよ。 


 思わず笑いながら手紙をしまおうとすると、もう一枚手紙が出てきた。 

 

 どうやら二枚くっついていたようだ。 

 

『ピンク色の胡蝶蘭を眺めながら、春輝の活躍も応援しています。 坂田菜々美』

  

 二枚目の便箋には、たったその一文だけが書いてあった。

 

 素直にならないところは、変わっていないんだと思う。遠まわしな表現でも、俺にはわかった。 

 

 俺は急いでスマホを手に取り、『胡蝶蘭 花言葉』と検索してみる。 


「ふふっ。」

  

 俺は思わず笑った。先生は本当に不器用だなと思う。 

 


「ピンク色の胡蝶蘭は『あなたを愛しています』という意味を持ちます…』

  

 

 

 先生。いつか会えたら、俺からも言わせてください。あの時は二人とも言葉にしなかったから。 


 「愛してます。」

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