第9話 時が経っても
その後、上原春輝に会うことは一度もなかった。
お母様には、私の体調不良と伝えてある。嘘をつくのは申し訳なかったが、本当のことを伝えるのはかなりマズいので仕方がないことだと自分に言い聞かせた。
春輝以外に、今年は六人の生徒を担当していて、無事に六人中二人がトーダイに合格した。
彼が無事に高校を卒業したことはすぐに耳に入ってきた。
「高校を卒業したので、本格的にアイドル活動を頑張りたい」とどこかでインタビューに答えていたのだ。
季節が巡ると、彼がいつの日か話していたドラマが放送されるようになった。
私は、できる限り彼のことを考えるのをやめようとして、ドラマは見なかった。
幸か不幸か、ドラマをきっかけに『上原春輝』とエナジークルーは国民的スターになった。
春輝はドラマの演技が評価されて新人俳優賞を受賞し、グループは歌番組やライブで大忙し。
年末には特番の歌番組にも出るようで、その快進撃は止まらなかった。
数年が経つ頃には電車の広告や朝のCMなど、彼を見ない日はなくなっていた。
こっちは忘れたいのに、そうはさせまいとどんどん忙しくなっているようだった。
それでも、彼のことは必死に考えないようにして、何とか毎日を過ごしていた。
***
彼の先生を担当してから四年が過ぎた日のことだった。
『エナジークルー初のドームツアー決定!』
そんなニュースが勝手に耳に入ってきた。
いつの日か、彼が夢だと言っていたドームツアー。夢が叶っているではないかと思い思わず嬉しくなる。
同時に、いつまで私は彼を引きずるんだよと思う。
そろそろ諦めないと。このまま三十路を迎えるのはまずい。
彼のことを考えるのは今日で最後にしよう。
そう思って紙とペンを取り出すのであった。
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