第4話 しっかりアイドル
「先生?これってどうやって解くの?」
人気アイドル上原春輝の家庭教師を始めて、三週間ちょっとが過ぎた。それなりに勉強熱心で、日ごとに解ける問題が増えていると思う。本人も、それが嬉しいようで意欲的に勉強に取り掛かってくれるのがありがたい。
「これは分詞構文って言って、主語が省略されている状態なの。一見難しいけど、主語は主節と後に続く従属節で一致しているから…?」
「じゃあ、Heが主語で答えは、三番か!」
「正解!じゃあここで問題です!この間やった分詞の範囲で、この問題解ける?」
「うわ。ExcitingかExcitedのやつか…!たしか、ファンが興奮しているから答えはExcited…?」
「正解!すごいね、ちゃんと覚えてるじゃん!」
「へへっ。ノートに書いてあるからな。最近、仕事の移動の時にこのノートを見るようにしてさ。」
そんなにやる気なのか。ちょっと感心。
「偉いね!でも、先生が言うことじゃないけど、勉強はほどほどでいいんだよ?お母さんもそう言ってたし。」
彼は、新曲の歌詞や振り付け、出演するバラエティーの段取りやCM撮影など、膨大な量の情報を覚えて仕事をしている。
「まあ、問題解けると嬉しいし。それに俺、褒められると伸びるタイプだから。」
言われてみたら、今日までのコマで問題に正解した時は他の生徒よりも大袈裟に褒めてあげていた。勉強嫌いな子には意識的に褒めてあげるようにしていたが…。
了解。褒めてほしいのか。
「はい。じゃあ次の問題ね。このプリント解いてみよう。」
彼は私の言葉に頷くと、すぐに机に向かってペンを走らせた。
横顔がけっこうキレイなんだよなと思い、そっと見つめる。アイドルだから当たり前か。
「先生…?どうかした?」
私がじっと見つめていると、彼は顔を上げた。
「いや?集中してくださーい。」
集中していないのはどっちだよと思いながら彼にそう答え、私も次に教える内容を参考書で確認した。
***
「それじゃ、今日はこれでおしまい。ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
時刻は11時を回り、私は急いで参考書をまとめて、帰る仕度をする。
「駅まで送ります。」
彼はいつもそう言ってくれる。
「いいのいいの!ここから駅まですぐだし、先生の家から駅も近いから心配しないで!」
だいたい、人気アイドルが夜に女と二人で歩いていたらまずいだろう。それに夜遅くなることは了承したうえで契約を結んでいる。
「でも、先生になにかあったら…」
「あ、そうだ!これ、先生が学生の時に使ってた英単語帳なんだけど、よかったら移動時間とかに使って!これ覚えたら結構英語の点数伸びるから借してあげる。」
彼は黙って英単語帳を受け取るとか細い声でありがとうございますと呟いた。
「長話した方が、帰るの遅くなって危険じゃん?先生、もう帰るね。」
大体、こいつは子供で私は大人なんだ。こんな会話で「引き留められている」なんて思いあがる方が勘違いだ。そう自分に言い聞かせて私は部屋を出た。
「お母様。本日もありがとうございました。」
「坂田さん。これ良かったら。タクシーでも乗っていただいたほうが…。」
「お気遣い嬉しいのですが、規則で受け取れません。お気持ちだけで十分です。」
深々とお辞儀をして、家を出るのであった。
***
帰りの電車の中で、ふとスマホを開いた。
今度春輝に教える数学の参考にしようと思い、Youtubeを開く。
おすすめ蘭に上がっていた「エナジークルー」の動画をタップしてしまったのが、いけなかったと思う。
初めて、アイドルとして歌い踊る彼を意識して見た。
へえ、最年少エースなんて呼ばれてるんだ。
他の誰よりも、自分を良く見せる方法を知っているのか。それとも持って生まれた才能だろうか。
彼から目が離せない。
そんなはずじゃなかったのに、画面越しでウィンクを決める春輝に、しっかりと沼に落とされた。
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