第3話 名前で呼んで?

 体験授業は難なく終了した。


 テストの点数は災害級だが、じあたまが良いのか説明したことはすぐに飲み込む。


 結構やりやすいかも。


 それに、夜遅い時間に担当することと口止め料を含めて時給はかなり良い。おまけにアイドルのイケメン生徒。


 なんだ、いい案件じゃないか…! 

 

*** 


「それでは、今日からよろしくお願いします。」

 

 最初の火曜日は、彼の現在の学習レベルを確認することから始まった。高校基礎学習のレベルなら5教科全て教えられるため、英語から数学まで全て教える条件での契約だ。 

 

 彼は数学のプリントを解き進め、私も横でこれから教える内容の確認をする。 


 「できました。」

  

 「じゃあ先生は丸付けするから、上原さんはこのプリント解いてちょっと待っててね。」 


 思ったより速く解けていたのでニコッと微笑んで見せると、彼は少し考えてから口を開いた。 

 

 「『上原さん』って、気を使わなくていいですよ。普通に春輝って呼んでください。」 


 「そっちだって、ため口でいいのに。私にまで敬語使ってると疲れるでしょう?」

  

 「じゃあ、これからはため口で。」

  

 そうこう話しながら私は丸付けを終えた。簡単レベルだったので7割くらい解けてほしかったが、正答率は五割だった。 

 

 「はい。終わったよ。20問中10問正解。」 

 

 「それってどうなの?」 

  

 痛いところを突くな。欲を言うともっと解いてほしかったが。

 

 「…。まあ、これから勉強すればいいし。半分も解いたんだから十分じゃない?」 


 「先生、もしかして嘘つけない?」 

 

 上原さんはそう言って私の顔を覗き込んできた。一瞬だけ目が合って、すぐに私の方からそらした。なんか、じっと見つめてはいけない気がして。 

 

 「いや。正直言うと七割は解いてほしかったですけど…。」 

 

 「じゃあ、ここ。二次方程式のとこがわかんなかったから教えて。」 

 

 意外にも勉強熱心だなと思う


 「ここは、判別式を用いて考えます。軸がマイナスの時は…。」

  

 こんな真面目な少年がアイドルやってるわけだから、それは人気者になるだろうなと感心する。 

 

 「解けた!めっちゃわかりやすい!」 

 

 「一回解けただけじゃ定着しないから、忘れた頃にもう一度同じ問題出すね。」 

 

 言い方は悪いが、華がある人々は勉強しなくても生きていけるわけで、彼も正直そっち側の人間だと思っていた。だが、実際には勉強が嫌いで苦手という感じではなさそうだ。 


 「じゃあ次、古典ね。これは文法を覚えて活用する特訓をするしかないから、コツコツやっていこう。」 


 「先生の、得意な教科って何?」 

 

 「うーん。理系だから数学とか物理が好きだけど、いつも一番点数が良かったのは英語だし、世界史選択だったけど日本史もいけるしな…。」 

 

 「結局なんでもできるじゃん!」 

 

 彼はそう言って笑った。 

 

 「逆に、上原さんの得意科目は?」 

 

 「うーん。まず下の名前で呼んで?」 

 

 彼はいたずらっぽく私を見つめる。


 えっと…。 

 

「春輝の得意科目は?」 

 

「おお。名前で呼ばれるの、結構いいな!」 

 

 彼はそう言って笑うと続けた。

  

「学校では上原だし、ファンの皆は『ハル』って呼ぶから、名前で呼ばれるの結構嬉しい。」

  

 私はファンでも先生でもなくて、あくまで家庭教師だと言いたいのか?


 そのつもりだよ。 

 

「ちなみに得意科目は体育な。」 

 

 そう言うと、彼はもう一度いたずらっぽく笑った。

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