第2話 災難な現状

 家庭教師三年目の私。今年も実績を作って稼ぐつもりだったのだが、依頼内容は生徒に高校を卒業させることだった。 


 「グループの活動が忙しくなる前に、絶対に高校は卒業したいんです。でも、すでに仕事が忙しくて、あまり高校にも行けてなくて。気が付いたらテストは全部赤点で、留年危機だって…。」 

 

 なるほど。納得した。だが…。なんでこんな仕事を私に任せるんだよ…!? 

 大学に進学しない生徒に時間を割いたって実績にならないだろう。 


 「高校卒業が条件でしたら、他の会社に依頼した方が費用を抑えられるかと…。」 

 

 そう言うと彼は口を開いた。 

 

「忙しくて、勉強する時間があんまりないんです。最低限の時間しか勉強に割けません。実績があって信頼できる人じゃないと、任せられないなと。」

  

 要するにこいつは勉強する気がないのだな。これは一番厄介なパターンだ。

  

 面白い。やってやるよ!

  

「かしこまりました。その依頼、引き受けましょう。」 

 

 彼の仕事が忙しいようで、家庭教師の依頼は毎週火曜と金曜の午後9時半から11時と遅い時間に決まった。 


 こいつはどうせ眠いとか文句を言う。卒業できるような点数を取らせればよいのだから、私もその程度にこなせば良い仕事だ。 

 

 「それでは、今日は体験授業となり、次回から料金が発生します。担当教員の変更は本部を通していつでも行えますので。」 

 

「丁寧にありがとうございます。それじゃ、春輝頑張って。」


 彼の母は笑顔でそう言って私たちを部屋に向かわせた。

  

 

 

 マンションにしては長い廊下を歩き、彼の部屋に案内され、二人きりで授業を行うことになった。 

 

 へえ、あのエナジークルーのセンターか。名前は聞いたことあるし、テレビでよく見かけるけれど、正直あまり彼らのことは知らない。これは申し訳ないやつだ。 

 

 言われてみたら大学の友達も、エナクルが、エナクルがとよく話していた。けっこう人気者なのだろう。


 「はじめまして。上原さん。担当の坂田です。」


 「はじめまして。よろしくお願いします。」


 さすがは芸能人。礼儀はなっている。テレビでたまに見かけるが、現物もそのままなんだなと思う。


 「学校の成績をあげるには、定期テストの傾向を分析するのが一番です。まずは、過去のテストを見せてもらってもいいですか?」


 「これで良ければ。」


 上原さんはそう言うと『三年 前期期末』のテストの束を見せてくれた。


 問題用紙の間に挟んであった解答用紙を見て驚愕する。


 古典  13点

 日本史 22点

 数学Ⅱ  7点

 英語  19点

 現代文 38点


 5教科でも100点超えてないし…!


 「忙しすぎて、学校あまり行ってなくて。久しぶりに学校行ったらいきなり定期テストで。」


 これは留年危機だ。通知表に1がついてもおかしくない。というか、こいつはそんなに忙しいのか。腐っても芸能人だ。


 「3年生だから、前期期末・後期中間の二回のチャンスが残ってる。それまでに点数を伸ばせばいいから…。」


 本当にいけるか…?これ、無理だろう…。


 「わかりました。次のテストが9月の頭らしいです。」


 今が6月下旬だから約2ヶ月。


 「そんなにあれば平気。先生に任せて。」


 思ってもないことを口にして微笑んだ。


 目があった彼は、どこかのCMで見たような爽やかな笑顔で頷いた。


 彼の笑顔を見た途端、大丈夫な気がしたのは、もうすでに私が彼を意識していたからだ。

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