R-15 乱心 当該話には自殺未遂に関する内容が含まれます。

 そんなののどこが可愛いんだろう。身内同士の間で無理矢理育まれた生命なのに。

いっそ死ぬか、男に産まれて殺されていれば――タマル冠だって、あそこまで追いつめられずに済んだだろうに。


長上おさがみ、最近手がしびれて困ってるんです。なんだかピリピリして……握ってくれたら治るかも」


だからもう、赤ん坊をあやすのは止めて。


「子供返りもいい加減にしろ。その態度も女を知れば少しは改まるんじゃないのか、ひめ相手なら構わん。誰とでも番えばいい」


驚いて、視界から一切の色が消えた。



「聞きましたよ。霧彦きりひこも見放されて可哀想に。一人ぼっちで泣いていらっしゃるんですね」


「私は泣いてない。勝手に決めつけないでください」


 ああ気持ち悪い。理解者面して抱き着くなよ。と思ったら、杼媛とちひめは急にしくしくと泣き出した。どいつもこいつも情緒不安定かよ。ひめが次々とこんなんじゃ、長上おさがみも大変だな。


「ねえね……あたくしだけ生きててごめんなさい」


「っ、まさかそれ、天媛あめひめの事じゃ」


「ええ。それと霧彦きりひこはご存じでしたか、あやぎり朝の、その由来」


――天媛あめひめ処刑前夜。


 あたくしは最期まで付きっきりで、ねえねのお世話を命じられていました。

といっても、いつも通りお喋りして甘えていただけで、はたから見れば、どちらが世話係なのやらという感じでしたけど。


いつまでも楽しく過ごしていたら、あたくしはついうっかりと、海媛うみひめの所へ行くのを忘れておりました。


海媛うみひめは誠実なお人柄だし、当時から料理もお得意で。毒殺を警戒した長上おさがみによって、ねえね専属のお食事係を命じられていたのです。


でもあたくしが取りに行くのを忘れたせいで、最後なのに食事抜きになりそうでした。ねえねは笑って許してくれたけど。


そこへ長上おさがみが、心底呆れながら夕餉を運んで来たんです。流石に独房の中までは入って来ませんでしたけど。そして去り際に、ねえねが声を掛けたんです。


「あれからずっと。アンタにええ名前考えとったんよ、あやぎり、って」


知らないし、全く興味も沸かない女の処刑話を聞かされるなんて、どんな睦言だ。


「だから、だあい好き。霧彦きりひこのお顔は、天媛あめひめねえねに似てるもの」


もしかして。もしかして。長上おさがみが好きなのも初めから。どうしておかしいと思わなかったんだろう。祈祷師の話に細かい指定は無かったし、長上おさがみは性格上、顔の好みもうるさくない。相手は別に誰でもよかったんだ――それなのに、何で俺なんかを呼んだんだ。



 あれから何度か、杼媛とちひめに誘われるまま体を繋げたら、とうとう子供が出来てしまった。しかも産まれたのは男だった。


「うっううっ……、どうして、どうして赤ちゃんばっかり~。もうおれのことなんか、皆どうでもいいんだろっ。知らない知らない、そんなヤツ大っきらい。泣き声もうるさい……さっさと死んじゃえ」


霧彦きりひこ、なんてこと言うのですか、流石に度が過ぎています。杼媛とちひめに謝りなさい」


「……ぜったいにいやだっ、だってほんとの事だもん。なんでおれが海媛うみひめなんかに怒られなくちゃいけないんだ。アンタなにもしてないじゃん、飯炊いて居座ってるだけ」


「姐さま、放って置きましょう。そんな人、気にする価値も無いのだから」



 俺は無言で産屋を出ていき、そのまま居室で一思いに、タマル冠の真似をした。とても痛くて苦しくて、自分でやったことなのに寂しくて、やがて全てが暗澹に包まれた。どこか遠くで物音がして、最期に聴きたかった声もする。でも何を言っているか、結局全然わからなかった。






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