最終章

R-15 壊心

 神鳴り山とその麓はタマル冠の婚資だから。タマル冠の死後も、その直系子孫が居たら引き続きあやぎり朝に帰属する。そういう約束らしい。


「だが男なら殺す。女なら活かす」


脅しじゃない。本気でそうするつもりなんだ。こんなことになるなんて、分かりきってる。


 戴冠タイカンは、妹とまだ見ぬ我が子を死地に送り込んで一切無視。なのに長上おさがみとは平気で文通を重ねていられる。ほんっっとうに信じらんない。そもそもまず手を出すな。どこが貴人だよ。鬼人の間違いだろ。


霧彦きりひこ、何を考えてる」


戴冠タイカンには、人としての何かが欠けているんじゃないかなって……」


あ。やな笑顔だ、困窮時代の姉上と同じ、愛想を込めた作り笑い。それをもっともっと磨いて、目まで完璧に誤魔化した紛い物。



 その日の俺は、湯殿に居た。ねえもっと、もっとちょうだい。


「なあ霧彦きりひこ、やはり湯で溶いた方が温かくて心地良いだろ」


「うん、これ好きっ……」


「嬉しいこと言ってくれるじゃないか、だが少しこらえろ」


「へ、なんで」


あとちょっとだったのに。別にいいじゃん、何が不満なの。


「お取込中、ちょっと失礼。お邪魔しますね」


いったいここになんの用。唐突にタマル冠が乱入してきて肝が冷えた。湯帳を着てるから、お腹周りがふくらんできているのもついでに分かった。

 

「堕ろしたいそうだから、ついでに練習台になって貰おうと思ってな」


そんなのお断りだ。逃げようにも後ろから抱きすくめられて、じたばたするだけで意味がない。そうこうするうちにタマル冠がのしかかってきた。あまりに義務的過ぎて、興奮もへったくれもない。


「そろそろこちらも味わうべきだろう」


「あっ……ちょっと何考えてんですか、長上おさがみもタマル冠もどうかしてます」


ほんとうに何なんだよこの状況は。


「なんで、なんで死なないの。なんで~……ううう、うわ~ん」


「まあいわゆる安定期だしな。確実性はないが、子の安全など微塵も考えない憂さ晴らしではある」




結局赤ん坊は無事だった。その後も順調にタマル冠の胎内で育って普通に産まれた。


――ようございましたね。稚媛わかひめですよ


「何で女なの。男なら長上おさがみが殺してくれたのに、もういやーっ、近づかないで。顔も見とうない」


タマル冠の泣き叫ぶ声が、俺の居る離れた部屋まで聞こえてきて益々気が滅入った。

案の定、産婆が赤ん坊を抱きかかえてやって来て、長上おさがみに手渡したから余計にだ。

あなたちょっと前まで本気で殺そうとしてましたよね。よく平気で笑えたもんだ。


「うーん、そうだな……地稚媛つちわかひめにしよう。の実子ではないが、タマル冠から婚資の直轄領を受け継ぐ大事な子供だからな。乳母殿、くれぐれもよろしく」


長上おさがみからそう言われて、おずおずと部屋に入って来たのは、よく知る身内だった。


「えええええっ、姉上。どうしてここに」


「なんだ知らなかったのか。ちょうど地稚媛つちわかひめと年の近い息子がいるから、抜擢したまでだ」




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