梨の礫

 その後も長上おさがみ戴冠タイカンの間では、頻繁に報せの鳥が行き交った。それでもタマル冠には、いっこうに返事が来なかった。


「にいさまにいさまあ~、なんでえ、どうしてえ。うちはもうどうでもいいのですか……ふええ~ん。にいさま、コレのせいですか。もしやそれで面倒になって、うちを嫁がせておしまいに」


 タマル冠は机に突っ伏して、めそめそ泣いていたかと思うと、急に両手を握りしめ、今度はぽかぽかと腹を叩き出した。俺は何事かと戸惑いながら傍観していたが、杼媛とちひめはすずりに墨を置いて、前方からタマル冠へ抱きついた。


「ヨシヨシ、タマル冠。お気を確かに。もう一人だけのお身体ではないのでしてよ」


杼媛とちひめがそう言って背中に回した手でさすると、タマル冠が更にわっと泣き出した。


「そういや、そろそろ妊娠五ヶ月くらいか」


は。今なんつった。五ヶ月前って、丁度出てってすぐじゃんか。


「ぐすん……ちゃっかりしてますね。結局長上おさがみもやることやってんだ。もう知らないっ」


霧彦きりひこそれは……待て待て待て。早合点するな、妊娠一ヶ月というのは、無月経の零から数えて四週刻みだぞ。本当に丸々五ヶ月を指す訳ではない。第一、行軍速度を考えろ。サルヌリ朝は、出立してすぐに着くほど近所にあるのか」


週数なんか分かんない。長上おさがみが知りたがりなのは分かるけど、なんでそんな事まで詳しいんだろう。まあ立地の話で納得したからいいや。


「じゃあそれは、タマル冠と誰の子供なんですか。まさかハイタークとかじゃ……」


「察しの悪い方ですこと。それともわざと言っているのですか、霧彦きりひこ


「まあ杼媛とちひめ、そう言うな。異母ならまだ分かるが同母は珍しい。天媛あめひめの両親も、たしか似たような間柄だろ」


「ええ。叔姪婚でしたとか」


「高貴な方々も大変だよな~、ただあまり内輪で固めるのもどうかと思うが」


なんでそんなに平気で話せるの。俺には理解できないし、したくもない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る