あめつち詞

 報せの鳥は数を減らしつつも、あやぎり朝へ帰って来たらしい。俺が長上おさがみを訪ねて見せてもらうと、礬水は引いたがまっさらだったはずの返信用の布は、所々書き損じながらも、びっしりと、

阿女あめ』の文字で埋め尽くされていた。


津知つち』 木槌


帆子ほし』 墨に浸した黒染めに、ポツポツと黄色い点描


宗良そら』 雨晴曇の空模様


矢万やま』 緑色の大三角形をいくつも描き連ねる


加羽かは』 蛇行する太い青線


水根みね』 緑色の大三角形の天辺を丸で囲う


立日たに』 緑色の三角形を二つ描き、その間を丸で囲う


久文くも』 蜘蛛の巣から垂れ下がる蜘蛛


來里きり』 濃淡のある薄墨


牟呂むろ』 緑色の大三角形の中に墨で描き込んだ洞窟


古結こけ』 苔むした岩


比刀ひと』 人型


射沼いぬ』 犬


宇返うへ』 長上がサルヌリ朝の簡略化した家系図を描いた。味のある似顔絵で表したタマル冠の隣のレイヨ冠を丸で囲む


寸恵すゑ』 長い横線をサッと引き、末尾の方を丸で囲む


湯和ゆわ』 温泉と硫黄


佐留さる』 猿


』 野原


』 右手と左手


列為れゐ』 まっさらの白紙


延名いぇな』 両手でバッテンを作る人型


於不西尾榎与おふせをえよ』人々にひざまずかれ、供物を差し出される祈祷師の姿


ことばそのものには形がない。それなのに、一音一音に文字をあて嵌めた瞬間。遠くの戴冠タイカンとも、直接会って話さなくても言葉を交わすことができるようになる。


戴冠タイカンからの、一番最初のまともな文は、ただの文句ばかりだった。


(一度に覚えるには多過ぎる。大体なんだこの大陸文字というのは、複雑すぎるではないか。もっと容易く書けぬのか)


(仕方がない。我々は文字を持たない民なのだから。ひたすら書いて書いて書きまくれ。慣れれば使いこなすのも苦にならない。何なら発音さえ同じなら、これでなくとも通じる)



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