情なし

 浮かれたハイタークめ、たかが軽傷を負わせた程度で愚図愚図しおって。

さっき逃げた長上おさがみが、複数の護衛兵に囲まれて舞い戻ったせいで、結局とどめを刺し損ねたではないか。にいさまとうちを背後に庇って、務めを果たしおおせたつもりでか。


お陰で命拾いした匪躬ひきゅうは、護衛兵の一人に手当を受けながら、長上おさがみに泣きついている。


「もうおしまいだ。阿諛あゆ、捨てないでくれ。つら過ぎて生きていけない」


「仰々しいなあ、たかが怪我した程度じゃないか、それも俺の為に。見棄てる訳がない」


「おい長上おさがみ。我が愛する妹、タマル冠は返して貰ったぞ。頼みの匪躬ひきゅうもその傷だ。化膿しないうちに即刻引き上げられよ」


「ご心配どうも。さすがサルヌリ朝の最強格は一味違う、敵にも情けが深いと見える。なあ、ハイターク殿。後ろの寵姫の見事な頸飾は、戴冠タイカンの美的感覚の表れか」


あからさまに動揺しおって。この救いようのない痴れ者め。長上おさがみが何をのたまった所で、堂々としておればよいだけなのに、それすら出来ぬとは。

にいさま、いかがいたします。


「あーあ、しくじったか。喉元など大して目立たぬのだし、おのが美貌に自信を持って、堂々と臨むべきであったな~」


「それもどうだか。ヒイナに面通しさせれば済む話だ。さっき遠目に見させたが、すぐ正体に気付いて怯えっぱなしだったぞ」


われのしつけは行き届いておるからな。だがアレはもうヒイナでも何でもない、たかが市井の小娘よ。それより喜ばぬか、退屈しのぎに、はるばる逢いに来てやったのだぞ。誠に愚かな連中しかおらぬよなあ。心とやらに振り回されて、見たいものしか見ようとせぬ。――故に御し易い。そちも同じ思考のはずだ」


「これは異なり。理解に苦しむ自己紹介だな」


「ふーん、どうやらまだ自覚のないようだ。あるいは、徹底した秘密保持のなせる技かな」


「ええい、気の悪い。勝手に人の手を取って頬擦りすな」


「たはは、われが女以上に麗しいからといって、油断し過ぎではないか。この手首、いまここで噛み千切ったらどうするつもりだ」


「つまらん脅しを。戴冠タイカンにそんな根性があれば、今頃とうに血を吹いている」





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