寵姫

 うちが捕まって、だいたいひと月位は経っただろうか。戴冠タイカンが寵姫を一人伴い、兵共も引き連れ、唐突に占領地へ来訪した。それにしても、寵姫のお姿のなんてお美しい事でしょう。嗚呼、ついつい見惚れてしまう。


そして今、この天幕内にはたったの五名。

サルヌリ朝はうちとにいさま達の合わせて三人。あやぎり朝からは、長上おさがみ匪躬ひきゅうとかいう槍使いの二疋だけ。互いに少し離れた場所で、雑兵共は待機中。

この状況下で、長上おさがみは急にそそくさと立ち上がって言った。


「ちょっくら用を足したいのでな、しばし席を外させていただく」


「奇遇だな、ご一緒しても良いだろうか」


「怯懦に駆られたか戴冠タイカン、それ以上阿諛あゆに近づくな。貴様なんぞ、仕留めるなら一突きだ」


「そりゃあ面白い。ぜひともやってみせてくれっ」


武人二人はそう言いながら互いの武器を構え、ここに石槍対細石器の対決が始まった。しかし一番臆病なのは長上おさがみだ。脇目も振らず天幕を脱出していくとは、まさか本当に花摘みだったのか。うちは寵姫に止められて、そのまま戦いの行く末を見守った。


一見得物の長い石槍有利だが、サルヌリ朝が誇る細石器の斬れ味は、四肢でも頸でも実証済みの優れ物だ。それが分かるからこそ、どちらの使い手も互いに一定距離を保ち、牽制と睨み合いが長く続いた。


「ほれほれ、どうした匪躬ひきゅう。ご主人様が見ていないと何もしないのか」


「ほざけ小童」


速攻と見せかけられ、踏み出した脚を石槍で狙われるが、流石ひらりと身を翻してよけると同時、代わりに敵の懐へ入り込み、肩へ裂傷を授けるとは、よくやった。


 それでこそ武人よ、ハイターク。知恵はないが武にだけは優れておる。にいさまの家来なのだから、これくらい出来て当たり前。


そうでありましょう、にいさま。ところで女姿もたいへんお似合いです。でもよりによってハイターク風情と寵姫を演じるだなんて……ほんのちょびっと、もうごくわずかながら、癪に障るのも確かです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る