R-15 澪標

 私は、唯唯驚き呆気にとられたが、勁槍けいそう将軍からすれば願ったり叶ったりだろう。


「優しくしてね。じつは俺、まだなんだ」


そう言いながら、阿諛あゆは勢いよく後ろ手に戸を閉めた。外に締め出された私は、念の為一度だけ耳を澄まし、あとは素泊りの宿探しにその場を離れた。


「うう……いたい、あっいいからいいから。止めないで、ちゃんと頑張るから、お願い」


それでも一夜が過ぎると、流石に心配が勝ってきた。明くる日の昼頃戻ってみれば、部屋の中には阿諛あゆが一人、何事も無かったかの様に横になって口笛を吹いていた。ちなみに勁槍けいそう将軍は仕事で不在のようだった。


私が近付くと、阿諛あゆはゆっくりと身を起こした。


阿諛あゆ、どういう風の吹き回しだ。今まで上手く躱して来たじゃないか。それが何を今更になって……」


「だって、好意を最大限活用するにはご褒美が要るでしょう。そんなことより門客、良い話がある。俺と一緒に天媛あめひめを殺そう」


「いやいや、誰だそれは」


「あの盛り場の女の正体。求婚者に追い回されて、王朝の宗女はもう限界だ。俺に禅譲するとか莫迦抜かしやがった。そんなの誰も得しないから断ってやったけど」


「そりゃ賢明な判断だな」


「でもさ、本人にやる気がないなら、あとはもうこっちのもんだよ。力をつけて機会を伺ってる奴等や、宗女周りの無視出来ない氏族をいくつか落とそう。才を請われてあちこち渡り歩く門客なら、其れがどこのどいつか分かるでしょ。そうして俺と、本物の政をしよう」





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