命からがら

 すると口を開いたのは童女だった。


「ねえね~、マビキってなあに」


「難儀なことや。まだ童子やさかい知らんでええ」


天媛あめひめは、膝から少しずり落ちて来た童女を抱え直しながら言い聞かせる。


「確かに、その子にはまだ早い。じゃあ天媛あめひめはどう思う」


「不憫やな」


「――なら、どうしろと。全員もれなく王朝で育ててくれんのか。勝手に憐れんで、間引く俺らは悪者か。そりゃあいい。そう思ってれば、さぞかしお綺麗で居られるんだから」


「ほんならアンタの好きにしたって。禅譲したるわ、今日はその為に呼んだんよ」


「うるせー、そんな我儘で俺の命まで弄びやがって。辞めたきゃ今すぐ勝手に死ね、ああそんな度胸もねーか。じゃあ必ず俺がぶっ殺して殺る。首を洗って待っていろ」


阿諛あゆ天媛あめひめへ宣戦布告して屋敷を飛び出した。


そんな事とは露知らず、私は借家で勁槍けいそう将軍が狼狽え取り乱すのを黙って放置していた。


阿諛あゆが帰って来ない。まさか攫われたのでは、嗚呼~どうすればよいのだ。阿諛あゆーっ」


うむ。とうとう逃げられたか。阿諛あゆがかつて呟いた寝言から察するに、もっと自由になりたいならそうするよな。むしろ今までよく持った方じゃなかろうか。


「門客、知恵を貸せ。必ず阿諛あゆを見つけ出す」


なんて面倒なんだ。私も回復したし、阿諛あゆを見習ってさっさと逃げよう。すると予想に反して部屋の戸が開いた。


「ああしんどい。門客、今日は他所に泊まってください。おじさま、ちょっといいですか」



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