無名

 阿諛あゆは女と出くわした後、引き続き付き纏われ、あちこち角を曲がったり、おもむろに走ったりしてみたものの、とうとう上手く撒く事はできなかった。


「最ッ悪、俺に着いてくんな。あっち行け」


「あては行きたい所へ行く。ハッハッハ」


「うちには病人だって居る。匿う訳ないだろ、そんなにおじさまにシバかれたいのか」


「せやなぁ、どうせなら荼ァしばきに行こか」


女は阿諛あゆが立ち止まると近寄って来て、手まで繋いで誘い出した。


「……チャってなんだ」


 阿諛あゆが興味本位で連れて行かれた先は、門構えの大きな屋敷だった。女は全く怯む事なく横の通用口を叩き、あっさりと中へ通された。


「ねえね~、だっこ」


入るやいなや、見目愛らしい童女が満面の笑みを浮かべて女に突進した。すごい懐きようだが、女はここの子守かなにかだろうか。


「あたくちね、ずっとねえねを待ってたの」


「あ~、どえらい可愛らし。こりゃ末は大層なべっぴんさんや。絶対嫁にはやらん」


女は童女を抱っこしたまま、東屋へと突き進む。阿諛あゆは困惑しながら二人を追いかける。


 辿り着いた先で供された荼というのは、多少風味のある白湯に過ぎなかった。手で湯気を扇いで確認してみたところ、どうやら薬草を煎じた物に似ているが、そもそも飲んで大丈夫な代物か。

向かいを見れば、女は同じ宝瓶から注いだ荼を、ふうふうと息で冷ましてから童女に飲ませている。


「……飲み終わったらすぐ帰る。そして絶対に、もうどこで何があっても関わらない。それが約束、必ず守れよ」


「かまへん、かまへん。それでええよ」


阿諛あゆは器にをちびちび口をつけながら飲んだ。薬湯程苦くはないが、渋さを香りで誤魔化したような味で、これなら白湯で十分だと確信した。


「にしても阿諛あゆなんて、けったいな名やな」


「そっちこそ。阿魔あまには負ける」


「それ、あての名前とちゃう。本当はずうっと内緒やねんけどな、あては天媛あめひめ


「ふうん、いいな。誰が考えてくれた名前」


「お父やんと、お母やん。まあもう居てへんけどな~」


「そう。変わった親だな、そんな事して情が移ったら、間引きし辛くなるじゃんか」




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