阿魔と阿諛

 阿諛あゆが街角で調髪していると、客足の途絶えた隙に、盛り場で見覚えのある女が勝手に座った。


「聞いたで。あんさんも隅に置けまへんなぁ。あない強い旦さんやのに、アンタにかかればただのあかんたれや」


「どうせ飽きる。今は俺が若いから、少しくらい夢中になってるだけ。俺がもっと年食ってたら、初めっから好きになる訳がない」


「あれあれ、まあまあ」


「だからそう簡単に成就したら終わりだろ。大人になったら頼まれなくてもおさらばしてあげるんだ。もうちょっとの辛抱なんだし、むしろ感謝して欲しいね」


「それで蛇の生殺しなん。かわいそ過ぎて笑けるわ~」


「おい居たぞ、この阿魔あまっ。ようやく見付けた」


前回とはまた別な単独犯の追っ手が、すぐそこまで迫っていた。阿諛あゆは女の首に剃刀を当てた。


「止まれ。掻っ切るなんてすぐ出来る」


「こんのっ、己が何をしているか分からぬか。今すぐ手を離せ」


「分かりませ~ん。やっぱりただのスリや食い逃げ犯じゃなかったか。無事に身柄が欲しけりゃ人質代寄越せ。安いもんだろ、戻って来るまで俺が捕まえてると思えば」


追っ手は渋々どこかへ走り去った。阿諛あゆはそれを見届けると、急いで荷物を纏めた。


「あらええの。人質代が逃げてくで~」


「そんなの貰える訳ないだろ、増援呼んで来て俺はおしまい。そっちこそさっさと逃げなよ」


阿諛あゆは女と逆方向に走り出して難を逃れた。はずだったが、


「奇遇やね。もうこれ運命ちゃう」


「致命的の間違いだろっ」



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