鳴かぬ蛍は身を焦がす

 阿諛あゆは転んですぐ、勁槍けいそう将軍が助け起こした。行倒れの女もぶつかった衝撃で目を覚ましたらしい。


「痛あ……なんなん。人の事踏んどいて、けたくそ悪いわぁ」


「おい女、阿諛あゆが怪我したらどうする。こんな道端で寝ている方が悪い」


「おおこわ、いい歳して恋詫ぶかいな。にいさん堪忍なあ、こちらのおとうさんにもそう言うたって~」


女はそう言って、意外に俊敏な動きで走り去って行った。私達の背後から大勢の追っ手が迫って来ていたからだ。雑踏に紛れ、女はあっという間に姿を消した。追手の指図と思しき男はそれを見て吐き捨てた。


「あんの阿魔あま、ったく逃げ足の速い」


「何故さっきの人を捕まえようとしているのですか。スリですか、食い逃げですか」


「なんだこの子供は、ええい肩から手を離せ、部外者が知る必要はない」


追っ手はすごすごと引き上げて行った。私達も盛り場には用無しなので宿へ戻った。


 さて、阿諛あゆの辞職も無事叶った。今後の面倒も勁槍けいそう将軍が見るだろう。

私は次の日には屋敷へ帰るつもりだった。しかし明け方に突然発熱し、それでも無理を押して帰ろうとしたのが良くなかったのか、病状は更に悪化し、回復するまで随分と長引いてしまった。


阿諛あゆは心配して看病してくれたが、その不在時、勁槍けいそう将軍が殺気立った苛立ちを隠そうともしないので、毎日生きた心地がしなかった。


「辞職して本当に良かった。晴れて自由の身になるのが、こんなに楽しいとは思わなかった。俺に与えられた役目が無くなったら、もう終わりだとばかり……うーん……スースー」


阿諛あゆの話を聞きながら、三人川の字になって眠る。確かに長く逗留するなら、宿代よりも借りた方が安く済むのは理に適っている。


とはいえ、阿諛あゆの感覚で狭い部屋を選ばれ、井戸も厠も全戸共用。嫌われたくないとかで物申すことも、どこぞの宿に連れ込むことも出来ないのが、勁槍けいそう将軍の運の尽きだろう。私は阿諛あゆの調髪と勁槍けいそう将軍の用心棒代の稼ぎで養われ、薬草代まで払って貰っている身なのだから、とやかくは言うまい。





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