R-15 足元を掬う

 阿諛あゆはその言葉を待っていた。吹けば飛ぶような言質だとしても。念押しの意味も込め、力強く抱きついておく。


「おじさま優しいっ、他の人とは全然違う……もっと一緒に居たい」


「まあ良いが、興が乗ってきた。見苦しいから隅に行って壁を向いていろ」


離れて壁向きに座った途端、背後で衣擦れの音がした。時折小さな水音も響く。


「やっぱりこっちに来い……そうそう、こうやって手で……」


「うわわ、何かすごい。え、何で動くんですか」


「雰囲気だ、雰囲気。こうしているとまるで――」


「おかしらー、ちょっといいっすか。うわああっ、すんませんっしたあ」


そこへ野盗の手下がやって来た。二人が抱き合って座った状態のまま視線をそちらへ向けたところ、手下は慌てて立ち去った。


「あの愚か者め、女相手じゃないんだぞ。何を勘違いしておるか」


「あはははっ、面白ーい。……ねえ、おじさま。本当は昔結構偉かったんでしょう。俺分かっちゃった~。端々の言葉遣いで」


 阿諛あゆが調髪して身なりを整えた男と共に、連れ去り場所の屋敷へと戻った。その知らせに走り出て来た私は、更に驚いて声を上げた。


「まさかあなたは――勁槍けいそう将軍、出奔して行方知れずになったと伺っておりましたが……。阿諛あゆ、いったいどこで知り合ったんだ」


「なんだお前、阿諛あゆとはどういう関係だ」


「なあに勘ぐってるんだか。この人はただの兄弟子さん。そうですよね、門客」


「そうだな、……残念ながら師匠はとうに亡くなってしまった」

(はなからどこにもいないがな)


連れ去り後の経緯を聞かされ、阿諛あゆは地団駄を踏んだ。


傅役ふえきめ~、そりゃ分かっていたけど、実際に見捨てられたらやっぱり腹立つ。あんな冷血漢、あるじ失格だ。もう辞職がてらに一発殴ってやらなきゃ気が済まない」


「そりゃあいい。某と都へ行こう」


「ありがとうおじさま、大好き」


勁槍けいそう将軍は阿諛あゆに抱き着かれ、満更でもなさそうに頬を引っ掻いた。彼は武勇で鳴らした男、これはこのまま放って置くと、要人暗殺にまで発展しかねない。


「待て、私も同行する」



都へ到着し、傅役ふえきの動向を探ったところ、盛り場に出入りしていることが判明した。苦労続きの田舎から出て来て都の夜遊びは、さぞ楽しかろう。


阿諛あゆは正面からすれ違いざまに声をかけた。


傅役ふえき、覚悟っ」


それと同時に脛を蹴飛ばされ、油断も相まって傅役ふえきは転倒、地面に肘をついて見上げる格好となった。


「なんだつまらん。まだ生きていたのか」


「ざまあみろ。もうとっくに愛想も尽きた。今日で俺のあるじはクビ。帰ってしつりに嫌われろ、この不器用お兄ちゃ~ん」


あー可笑しい。阿諛あゆは浮かれて足元も散漫だった。だから行倒れの女に躓いて転ぶのだ。




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