やさぐれ者

 私は騒ぎに起きてきた傅役ふえきの所へ駆け寄った。


傅役ふえき阿諛あゆが野盗に勾引されました」


「へー、ようやくアイツもくたばったのか。思ったより呆気なかったな~。まったく王朝の混乱のせいですっかりこの辺も物騒に、よし。明朝には出立しよう」


 傅役ふえきはそのまま意に介さず、明くる日の朝、本当に都へ出発してしまった。

一方その頃の阿諛あゆは、既に野盗の隠れ家まで連行され、野盗のかしら――これはのちの匪躬ひきゅうが激昂するのを目の当たりにしていた。


「獲物はたったの子供一人、ふざけるな。貴人の子女でもないから人質代すら稼げん。即刻人買いへ売っ払え」


「待ってください。俺でもなにかお役に立てば、ここに置いていただけるのですね」


余計な一言で即殴られ、阿諛あゆは固い地面に転がってうめいた。


「なんだこの、受け身も取れないド素人が。そんな小綺麗な手で、武器を扱った事すら無かろう。……まあ見てくれは悪くない。一つだけ使い道があったな。酌をしろ」


野盗のかしらは、朝っぱらからどぶろくをがぶ飲みし、その空になった酒坏を何度も突き出した。


「そんな無茶な呑み方しないでください。今に血を吐いて倒れるかも」


「ハッ、悠長なもんだな。やっこには酔い潰れた方が都合の良かろう」 


すると阿諛あゆは酒壺に柄杓を置いて、さめざめと泣いてみせた。


「ひどいや、すっごく悲しい……。おじさまは、早くに亡くした父によく似てるから、つい。……ごめんなさい、ちゃんとお酌をしなくちゃいけないのに。何だか涙が止まらない」


予期せぬ展開と急な涙に気圧され、野盗のかしらは手持ち無沙汰に酒坏を置いた。


「そうだったのか、それは気の毒だったな……」


「今のあるじだって、気に入らないとすぐ顔面殴るし、舌まで切られそうになった。ついこの間なんて、たかが賭事の為に俺をけしかけて、滞在先の屋敷で男と寝てこいって無理強いされた」


阿諛あゆは涙声で窮状を訴えつつ野盗のかしらに抱き着いて、しばらく嗚咽を漏らした。条件反射的に髪を撫でられると、肩の力を抜いて相手に体重を預けた。


「……でも全部俺が悪いんだ。俺が悪い子だから家を出されたし、父上も死んじゃったんだ……だからおじさまが何をされても我慢するね。でもまた泣いちゃったらごめんなさい、沢山謝るから殴らないで」


「安心せい。そんな輩と一緒にするな、さっきは殴って悪かった。もうお前には何もしない」




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