出来の良い神輿

 もう芝居は終わったはずだが、阿諛あゆは次の日もまた居室に忍び込んで来た。


「それで、なんと書いてあるのですか」


「知ってどうする……。主君としてのあるべき姿勢についてだ」


「姿勢って、例えばどんなです」


「話してもいいが、これそのままでは理解などできぬだろう。そなたの身近な事情に置き換えて解説しよう」


――まず今は王朝詣でに行く最中だ。


 しかし王朝は、唯一の女子しか居ない。聞くところによると、求婚問題が拗れて政権は崩壊寸前らしいが。


それでも権威は権威だからな。そなたの領主は御身の事情が事情だから、傅役ふえきもそういう身の振り方はさせていない。


だからこそ、逆に良いようにこき使われてしまうのだ。兵を貸せ、物資を寄越せ、過大な徴租も求められ、何かと疲弊する一方だろう。それは唯々諾々と、ただ上からの命に従っているせいだ。


それが嫌なら、自ら動くしかないだろう。

置かれた環境をより良くしたいなら、駆け引きという名の政をするべきだ。


そのためにも、あらゆる手段を講じ。然るべき地位に就き、正しい手段で人々の信任を得るしかないのだ。


そこでも反発や、しがらみがある。万人の利害が一致することは決してないのだから、それは当然至極のこと。だがそれでも、


「出来の良い神輿は、自らの手で造らねば」


「門客もいつか、理解のある主君に恵まれるといいですね」


阿諛あゆもな。あの傅役ふえきは残酷無慈悲で名高い。下の者はさぞ辛かろう」


「そうかな、私は悪くない選択肢だと思う。本当だったら山奥で、父と跡取りの誰かに一生涯尽くして終わりですし」


――努力の方向性を誤って、結果的に父を死なせてしまったけど。


傅役ふえきも可哀想に、縁者経由でこんな厄介者を召抱えてしまうだなんて……怖い……領主と傅役ふえきのいざこざは、何とか間に合った。でも俺は尽くせば尽くすほど、相手の寿命を縮めてしまう。


「だから助かっているのですよ。傅役ふえきが酷ければ酷いほど、尽くす気が失せるから」


私達は顔を見合わせて笑った。すると、外から怪しい物音と粗野な話し声が聞こえて来た。


「チッ、しけた家だ。王朝へ向かう客が居るというから期待したが。成果なしじゃ、おかしらがまた荒れる。こうなりゃ女子供だけでも攫って行くか。部屋中調べろ」


こういう事もたまにある。が、警備は何をやっているのだ。


「まずいぞ阿諛あゆ、野盗が入った。お前はそこに隠れていろ」


「ここに来るのは時間の問題だ。とっとと引き上げて欲しいから行ってきますよ。門客の隠れ場所もなくなるし」


あまりに平然として、止める間もなく部屋から出て行ってしまった。


「そこのあなた達ーっ、家主の許可なくお屋敷に入るのは、勝手でいけないことですよっ」


「なにっ曲者か、出合え出合え」


阿諛あゆが大声を出したため、屋敷の警備もようやく気が付き、血相を変えて飛んで来た。野盗は慌てふためいて、阿諛あゆ一人だけ連れて逃げた。



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