阿諛の章

鶏鳴狗盗

 長上おさがみ大丈夫かなあ、本人もなかなかアレだけど、周りもおかしな人が多そうだ。

そういえば。しつり様のお話では、先の王朝に向かったところで終わりだったよな。

その続きはどうなったんだろう、たずねてみるか。


「吾人は知らぬ。現領主の後見――昔の傅役ふえきなら知っているやもな、だが今は非常時じゃ。こちらの都合で呼び出すのも気が引ける」


 なんだ残念、でもそりゃそうだ。こうなったら海媛うみひめに聞くしかないな、炊事場に行ってみよう。


「シッシッ、あっちへお行き。わたくしは忙しいのです。そんな昔話に、花を咲かせるつもりもない」


 すげなく断られてしまった。じゃあもう杼媛とちひめしか当てがない。でも若いから、知っているかはちょっと疑問だ。あ、そもそも今は謹慎中だから無理だった。


「おい喜ばぬか霧彦きりひこ留守役るすやくなら捕まったぞ」


「すみません、しつり様。ちっとも嬉しくないです」



 トボトボと一人で向かう。なんでよりによって留守役るすやくなんだ……おっかない。だいたい長上おさがみが居ない分忙しいはずじゃ。いや待てよ、長上おさがみはしばらく寝込んでいたし、その続きか。だったら仕事量自体は、あんまり変わらないのかも。

俺が案内された部屋に入って着座すると、留守役るすやくは苦々しげに話し出した。


「あの領主一族め、まったく図々しい。長上おさがみの田舎というだけでのさばりおって、出会った時からそうだった」



――真夜中に騒々しい、また客人を招いての宴か。


 当時の私は、ある屋敷に門客として滞在中の身分だった。だが酔っ払いの相手などうんざりだ。


気配を殺して居室に戻ると、闖入者が机の木簡を眺めていた。結論から述べると、まだ阿諛あゆと呼ばれていた頃の長上おさがみだ。


「ここで何をしている。勝手に触るな」


「これが大陸文字か、絵の方が分かりやすいのに。なんて書いてあるのですか」


「知る必要はない。さっさと出ていけ」


よくある話だ。女子供を色仕掛に饗して物笑いの種にする。そのまま腕を引っ張って、部屋から放り出すつもりだった。


「たまには一芝居打ってみたいとは思いませんか。何もせず追い返したら、それこそただの笑い者ですよ」




 背負った背中でも、震えながら笑いを堪えているのが感じ取れた。本当に大丈夫なのか。間もなく宴会部屋の前までたどり着いた。聞きたくもない会話ばかり耳に入る。


「仕事はこなすが女遊びの一つもしない」


「だから賭けると言ったろう、あの門客は男趣味なのだ」


「いやいや、ここまで来ると不能としか」


 引戸を勢いよく開け放ったところ、呆気にとられた連中の間抜け面が並んでいた。

その場に屈んで降ろしてやると、足早に傅役ふえきのもとへ向かい、文句を言われる前に膝へ乗り上げた。それから大きく口を開け、舌を出して見せてから飲み込んだ。


「ワハハハハ、あいつもやりおるわっ」


阿諛あゆも災難だったな~」


「はいあるじ。どう頑張っても歯をたててしまって。何回ぶたれたか分かりません」


中身の正体は、豆糊だ。旅荷物からかっぱらって、水で微調整してから口に含んだ物をそう見せかけただけの事。確かにあれは傑作だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る