手薬練

 あれ以降、長上おさがみとはしばらく会えていない。ほとんどの政務も、代わりに留守役るすやくが担っているそうだ。


 使用人から噂伝いに聞くところによると、体調不良で寝込んでいるらしい。

俺が何もする気になれず、やきもきしながら庭をうろついていたら、枇媛とちひめが俯き加減に歩いて来るのと鉢合わせた。


霧彦きりひこ、あたくしに付いて来てくださいませんこと」


「いきなり何ですか。お断りですよそんなの」


「オヤオヤ……つれない人。長上おさがみにお会いできるかもしれないのに」



「だからといってバカ正直に来るとは……率直に言って正気を疑う。しかも目的も確かめずに」


行き先で待ち構えていたのは、昼だろうと恐ろしい顔をしかめた留守役るすやくだった。まあいいや、実際半分は本当だったし。こうして袖の物陰に隠れてだけど……。


「関わりのある警備兵は全員解雇した。身内憎さに他人を巻き込むな、そなたの浅慮には呆れてものも言えぬわ」


長上おさがみは寝具から身を起こし、お説教の真っ最中だった。その元気があるなら大丈夫そうだ。


「悔いております。この枇媛とちひめ、罰はいかようにも」


「当たり前だ。が許すまでしばらく謹慎していろ。それと、たった今から手縄刑も命じる。こちらの期間はひと月だ」


枇媛とちひめは両手を揃えて前に出し、神妙にお縄についた。そこに取次役が現れ、誰かの来訪を告げた。手を縛られた枇媛とちひめが使用人の手を借りながら立ち上がり、座っていた場所を開けた。

許しを得て部屋に入って来たのは、腰の曲がったお年寄りと中年の二人組だったが、入るやいなや慌てて膝を折り、長上おさがみに平伏した。


「身の危険を感じた。まさかそれが、そなたらの係累に当たるひめのせいとはな。どう落とし前を付けてくれようか」


「平にご容赦をっ、杼媛とちひめはまだ若輩ゆえ、物事の区別がついておらぬのです」


「そんな小娘をひめに仕立てて送り込んだのは、お前たちだろう。――もしや、二心でもあるのか」


「滅相もない。私共、とわに長上おさがみへ尽くして参ります。今迄も、そしてこれからもです」


「へえ~……、ならば頼み事をしようかな」


「おおっ。何なりとお命じください」


あ痛っ。俺は急に留守役るすやくから耳を引っ張られて驚く間もなく、強制的に建物内からも追い出された。


「即刻立ち去れ霧彦きりひこ。これ以上の専横は許さぬ」



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