R-15 暗闇談義

 あの日以降、しつり様が隠居住まいから通いでやって来るようになった。そうなると必然的に鍛える羽目になる。


 俺は湯殿で温まりながら身を清め、念入りに爪も研ぐ。


「ううっ……何度目だろうと慣れない。しかも恥ずかしいし」


「一々考えるでない、ただ感じればよい」


そう言うしつり様は、いつもの如く湯帳姿で椅子に腰掛け、膝上で頬杖をついている。


「見られていると、余計に気が散るんですが。大体しつり様は口うるさいし」


「なんじゃと、吾人だって面白くもなんともないわ。放って置くと霧彦きりひこが怠けるからこうなる。まったく信じられぬわ~。毎日毎日好き勝手ふけって褒められる身分などそうそうないぞ」


「そりゃあ、しつり様はこういう事がお好きでしょうけど。私は下働きの方が性に合ってるし、そもそも興味なんて無いんです。あ、……なんですか急に触って」


「そのままそのまま。よいぞよいぞ……その調子、その調子」


「くう、」


「ほれほれもっと集中しろ。重要なのは何も見える場所ばかりでは無いのでな……聞いておるのか霧彦きりひこ


俺は声なく上り詰め、全身を包み込む気怠い余韻に浸っていた。


「ははは、いやしくも元領主様にここまで世話させておいて、下働きなどとよく抜かすわ。んなもん誰も求めておらぬ。足りないのは気位か、ならば自信や度胸をつけるのが肝心じゃ」


「ふーっ、はあー、ふーー……自信や度胸……肝試し、とか。いやそれはただの夜遊びだし……」


「よいのではないか。なかなか名案だ。長上おさがみにも上申しよう」


もはや恒例と化した夕餉の同席時、しつり様が乗り気で話していたものの、長上おさがみの方は、あまりそうでも無いようだった。


「好きにせよ。ひめや使用人達にも話は通しておく。協力の一つも仰げば、退屈しのぎに手伝うだろ」


長上おさがみは一人だけ具沢山の汁物を見つめながら、日時場所の選定や、警備についてしつり様と相談し始めた。


「くくく、楽しみ楽しみ。吾人もどうやって霧彦きりひこを脅かすかの~」


「まさか、私一人で周るのですかっ」


「何だ怖いのか、人を殺めて死体を隠す真っ最中だとでも思い込め。幼き頃、はいつもそうしていた」


怖っ、どんな子供だよ。まさか実体験じゃないだろうな。




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