釣果

 阿諛あゆ傅役ふえきに同行し、ついに領主の館までやって来た。


「今日は単なる顔合わせ、くれぐれも粗相のないように。――よいな」


「はい傅役ふえき。お任せ下さい」


 奥まった庭まで辿り着くと、まるで童女の様な召し物の、か細い背中が屈んで手鞠をついていた。傅役ふえきはさっと近づいて目線を合わせるようにしゃがむと、普段の粗暴な言動からは、にわかに信じ難い優しさに満ちた声を掛けた。


「領主」


「手鞠ぐらいよいではないか傅役ふえき。古老の説話が始まるまでは」


「それは構いませんが、また少し髪が伸びましたね。これ以上かかると目も悪くなる。切ってしまいましょうか」


「えーいやいや、前髪はこれ位の方が可愛ゆきものぞ。……でも傅役ふえきがそう言うなら」


傅役ふえきが顎でしゃくって合図したので、阿諛あゆは手早く支度を整えた。


「あれえ、知らない子」


「たまには趣向を変えて、年の近い者の方がよろしいかと思いまして。こちらは席を外しましょう、その方が話しやすいでしょうから。何かありましたらすぐお呼びを」


 あーあ、傅役ふえきもよく言うよ。どうせ後で筒抜けなのに。という内心は一切見せることなく、阿諛あゆは努めてにこやかに領主に話し掛けた。


「さてと。領主、前髪は少し切り揃える程度に留めておきましょうか」


「若いのに耳が遠いのか、傅役ふえきが切れと言うておったではないか」


「それは傅役ふえきのお考えです。領主はどうしたいのですか」




 阿諛あゆが道具を片付けている様子を眺めていると、領主はふつふつと何かがこみ上げて来た。


「う~ん。ちょっと良いかも、いやちょっとじゃないな。もうだめ我慢できない」


気が付くと阿諛あゆに近寄って、袖を引いて話し掛けていた。


「ねえねえ年魚あゆってたしか川魚だよね、どうしてそんな名前なの」


「いえそちらではなく、むぐ」


口を塞いで舌を追ってみたところ、返って来たのは戸惑いの反応で。こんな顔もするのか、すました顔よりずっと良い。


「へ、あ、あー。その。お気持ちはうれしいですが、領主のことまだ何も知らないし」


「じゃあ知ったらすきになるかな」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る