火中取栗

 追い出されるように里を離れた彼は、領主のお膝元にある代吏だいりの館へ到着した。


「んまあ~、何ぞや其のみすぼらしい子は。いったい全体、どこをほっつき歩いて拾うて来たのやら」


出迎えた代吏だいりの正妻は、見慣れない新顔に目を留めると開口一番に顔をしかめ、手で追い払う仕草をした。


「成り行きじゃ、嫌なら口利きは任せる」


順番を待って最後に泥水で足をすすぐと、休むまもなく代吏だいりの部屋へ呼び出された。


「お前の一件を洗いざらい妻女に話した途端、血相を変えて出て行きおったわ。良い気味じゃ」


「それはどうも。代吏だいりの奥方にはご足労かけます」


「だから時間が無い。手短に話す故、おぬしもざっくばらんに受け答えせよ。――儂はな、古女房とは別れたいのじゃ。そして新たに妻を迎える」


「わざわざ若いおなごと祝言を上げようだなんて、奇特なお考えですね。囲って通えば十分ではありませんか。今更女主人を追い出しては、家中の差配も滞りましょう」


「……ここだけの話、腹にやや児がおるのじゃ、老いて出来た子は格別に可愛い。日陰の身にするには忍びない」


「ああそう云う事で。なんとまあお盛んな」


「とにもかくにも、だ。口利き先は分かりきっておる。おぬしは自然体で行け。ただしくれぐれも妙な策を弄するでないぞ。思い付いたらまず相談しろ、また放火だのなんだの騒ぎを起こされてはかなわん」


そこへ血相を変えた使用人が走り寄り、客人の来訪を告げた。間髪入れず現れた身なりの良い男は、代吏だいりを無視して彼の前に立ち、しげしげと眺めながら酷薄な笑みを浮かべた。


「へー、こいつか。なあ火付け、醜夫しこお若朽じゃっきゅう知欠ちけつ梼昧とうまいどれがいい」


「どうぞお好きに。何とでもお呼びくださいませ」

 

「ちっ、この阿諛あゆが」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る