肥遺憑きの章

地震雷火事親子

 しつり様の語り口は意外にお見事だった。収穫を間近に控えた真夜中の火事に、慌てふためく又代まただい家中や、遠巻きに野次馬見物する里民の情景が、俺の頭にもありありと浮かんだ。


――うわあ火が、火がーっ


――はよう消せ、ええい水はまだか、急がぬか


――日照り続きで雨水どころか井戸もからっからじゃあ、死にとうない


――待て、逃げるでない。戻らねば妻子もろとも罰するぞ


「父上、もはや手遅れです。延焼を防ぐため、他の里倉も打ち壊しましょう」


右往左往する家中と相反し、子の一人は妙に落ち着いて、父である又代まただいに献策までしてみせた。当然・・だ。これでどうにか鎮火したものの、全里倉が焼け落ちるか、加勢を命じられた里民の手によって破壊され尽くした。


「嗚呼、気が滅入る。これでは徴租どころではない。原因不明の失火など、代吏だいりにも顔向けできぬ」


不測の事態に頭を抱える又代まただいだったが、ひとまず壊した分の建材を継ぎ接ぎし、里倉を再建するよう里民へ命じた。

又代まただいの子もそれらに混じって、焼け焦げた倉から拾い集めた穀物を分け与えていたが、そんな瑣末事は家中の誰も気に留めない。頭の中はどう上役を納得させるか、知恵を絞るので精一杯だ。


収穫を終え、やはり再建した倉では数が足りず、その年の徴租は大幅に減ってしまった。更にまずいことに画策した隠蔽も明らかとなってしまい、上役の中でも最上位の代吏だいりが乗り込む事態にまで発展した。


「つくづくお前には失望した。徴租の不足を誤魔化すため、ほうぼうに賄賂をばら撒き、儂のもとには色まで差し向けるとは不届き至極」


「そうなんですう。代吏だいり、あたい悔しくってえ」


胸元にべったりとしなだれかかるのを良しとする様は、どう見てもお愉しみ遊ばされた後のようだったが、里一番の美貌を差し出した渾身の色仕掛けは、ただ密告者を差し向けただけの徒労に終わった。


「面目次第もございません。全てはあの火事が原因です。我々は火の始末には日々細心の注意を払っております。さすれば、努々あのような事態起こるはずもなく……」


「ふん、誰ぞ火をつけたとでも言うか。次は下手人をひっ捕らえて差し出すか」


代吏だいり、その心配は無用でございます。火をつけたのは私ですから」


又代まただいは、背後からでもよく通って聞こえた声に耳を疑った。いやいやいやそんな馬鹿な。あの子に限って――きっと他の兄弟姉妹、いや使用人、里民共か。とにかく誰かを庇ってのことだろう。そうだそうだ、そうに違いない。


「自首とは感心だが、証拠はあるのか」


「里倉は厳重に守りの敷かれた又代まただいの敷地内。地理を把握し、真夜中に付け火して戻れるのは限られた者、それも一度や二度では困難です。毎回厠では怪しまれるので、私は度々夜の散歩と称し機会を伺っておりました。もう手段・・は達成したので、火事を境に止めています。それにあの夜、私は奇妙な程に落ち着いて行動していた筈。そんなの当たり前でしょう、私自身で放火したのだから」



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