虚々実々

 長上おさがみの声がした途端、杼媛とちひめは瞬時に俺から距離を取り、機織り小屋の地面に跪いていた。


「遅ようございます長上おさがみ杼媛とちひめがご挨拶申し上げます」


全く動揺している様子も無いのはさすがひめ。この場の最適解がわからない俺は、ただ立ち尽くしていたところ、近づいてきた長上おさがみに片腕を掴まれ、小屋から引っ張り出された。そのまま俺だけ夕餉の席に連れて来られたので、著しく混乱した。


「どうした霧彦きりひこ


「私を叱らないのですか」


「何だ何だ、暗がりでひめと隠れて内緒話してただけだろ。あいにくそこまで狭量じゃない」


 そう言ってどさりと座った長上に習って、俺も向かいに用意された食事の前に落ち着いた。


「暗がりっ、いやそれは夕方になったからであって。最初は海媛うみひめもいらっしゃいましたが、夕餉の支度に出て行かれて」


「ふうむ、厨房のひめは面倒見が良いらしいな。だがもう居なかった」


長上おさがみは汁物に手をつけ夕餉を食べ始めた。本当になんとも思っていないのか。


「それは仰る通りです。でも杼媛とちひめと話したのは本当に短い間だけで、今後も仲良くしましょうってお話だけでした」


「苦しい弁明だなあ霧彦きりひこ。それがわざわざ耳打ちする程の内容か、担がれたんだよ。ひめごとき信用するな」


やっぱりお見通しか。でも俺からすれば、信用ならないのはどちらも同じ。このまま宙ぶらりんの立ち位置に居たら、またひめやら何やら寄ってたかって、妙ないざこざに巻き込まれるに違いない。そう思うと、確かに仕事があるのは良いかも知れない。


「心得ました長上おさがみ。一つお願いがあるのですが、よろしいですか」



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