第19話:8月14日(金)おばあちゃんの家で色々しました

 おばあちゃんちの夜はエアコンがなくても快適にねむれます。


 私たち家族の寝室は仏間のとなりにあって、あみあみの「蚊帳」が張ってあります。


 えん側の障子を全開にしておけば、クーラーをつけているのと同じくらい涼しいです。


 なぜなら、「欄間」という天井とふすまの間に風が通るように開けた穴(木の彫刻がすかしになっています)のおかげで風がスーッと流れるからです。


 お布団に入ったら、みんなが教えてくれた七つの決まりについて考えながらねむりました。


 あれはどこか変でした。


 はじめの五つは「するな」とか「しろ」という命令形なのに、最後の二つは「赤い着物はジゴク行き、青い着物は泣かずに流れる」と「友を見捨てば抜け殻となる」というそれまでとはちがった形でした。


 七つ目の言葉は「見捨てたら抜け殻になる」から「見捨てるな」ともとれますが、着物の言葉は一体どういう意味なのでしょうか。


 分からないけれど、えん起のいい言葉ではないと感じました。


 結局答えは出ないまま、私は深くねむりました。


 朝起きると、ちょうどおばあちゃんと武治さんと安子伯母さんと美里ちゃんがキャベツ畑から帰ってきたところでした。


 お父さんは深夜に帰って来たようで、ぐっすりねむっていました。


 お酒を飲んでからてつ夜で農作業をするなんて、村の男の人はすごい体力だと思います。


 キッチンではお母さんが全員分のご飯を作りながら「お義父さんが生きてた頃はよく手伝いにきてたっけ」となつかしんでいました。


 私は顔を洗ってから、家の南側にある畑を見に行きました。


 そこにはキレイな小川が流れていて、アユなどの魚も泳いでいます。


 山間の雑木林には稲荷社があって、休けい用に屋根付きの古いベンチも置かれていました。


「おはよう。なっちゃんも散歩?」


 ベンチに座って朝日で村が照らされていくのを見ていると、お姉ちゃんがやってきました。


「おはよう、お姉ちゃん。私、ここからの景色が好きなんだ」


 お姉ちゃんは私のとなりにこしかけて「私も好き」と言って明るくなっていく東の空を見つめました。 


「なっちゃんも大きくなったね」


「そうかな? まだお姉ちゃんは遠い気がする」


「そりゃそうよ、お姉ちゃんだもん」


「そっか」


「うん」


 私たちは手をつないで朝日を浴びて、畑の周りをぐるりと歩いてからおうちに帰りました。



 朝ご飯の後はキャベツの選別と出荷があるから、お母さんもそっちの手伝いに行ってしまいました。


 お出かけして村を回ろうかとも思ったけど、歩いていけるところはたいていこれまでに散策していました。


 他の子たちもお昼まではキャベツ関連のお仕事で大人から子どもまでいそがしくしているため遊べません。


 帰省組ならもしかしたら遊べるかもだけど、そもそも家を知りません。


 仕方がないので持ってきた宿題を片付けちゃうことにしました。


 五教科のドリルのうち理科と社会は終わっているので家に置いてきました。


 まず英語をやって、次に漢字、最後に計算ドリルをやりました。


 お姉ちゃんはとなりで英語の難しい問題集をやっていました。


 十時前に今日の分を終えたので、玄関を入ってすぐ左にある洋間でピアノをひきました。


 この部屋にはおじいちゃんが集めていた文学全集や、武治さんの趣味の古銭、家中のマンガ、村の地図などがたくさん置かれています。


 クーラーはないけど、窓の前に植木があって日光がしゃだんされているので、ドアを開けておけばまあまあ涼しいです。


 おばあちゃんちに来てまでピアノの課題曲をひくのはイヤだったので、星野源さんの「恋」とか、UNISON SQUARE GARDENの「シュガーソングとビターステップ」をひきました。


 と中で帰ってきたおばあちゃんと美里ちゃんが加わって、二人のリクエストにがんばって答えました。


 美里ちゃんはLittle Glee Monsterが好きで、おばあちゃんは中島みゆきさんが好きでした。


 中島みゆきさんの曲はピアノの山岸先生がたまにひいてくれることがあったおかげで「糸」とか「地上の星」とか「宙船」は知っていました。


 おばあちゃんが手をたたいて喜んでくれたのでよかったです。


 おばあちゃんの手は長年の農作業でジャガイモみたいにゴツゴツしています。


 でも、今でもお裁ほうの名人だからすごいです。


 十時のおやつにお茶とお漬け物を食べてから、浴衣選びに裏庭の蔵に行きました。


 納屋のとなりにある蔵の中は吹き抜けになっていて、階段みたいに並べられたタンスで二階に上がることができます。


 浴衣はタンスだけでなく、籐って名前の草を編んだ行李という箱にも入っていました。

 好きなのを持ってきてと言われて、私はすごく悩みました。


 お姉ちゃんはズンズン蔵のおくに進んでいって「これ!」とさけんで藤色の浴衣を持ってきました。


 どうやら一昨年に一目ぼれしたけど大きくて着られなかったもののようです。


「なっちゃん、私これがいいんだけど……」


 美里ちゃんが見つけてきたのはあざやかな夕焼け色の地にツル植物が描かれている浴衣でした。


「すごく似合いそう!」


 素直にそう言うと、美里ちゃんは複雑そうな表情で「でも、赤なんだよね……」とつぶやきました。


「じゃあ他のにする?」


 そう聞き返すと、美里ちゃんはすごく迷ってから「これにする。だって一番気に入ったんだもん!」と言っておばあちゃんのところへ行きました。


「……ジゴク行き、か」


 不吉な歌にはどんな意味があるのでしょう。


 ジゴクなんてこの世にはないから、何かのたとえだと思うけど……。


 あれこれ考えながら行李の中をあさっていると、指先にからんでくる浴衣がありました。


 引っ張り出してみると、それは空みたいな色の浴衣でした。


 五線ふにおたまじゃくしが自由に並んでいる模様がすごくカワイイです。


「おばあちゃん、これがいい!」


 持っていくと、おばあちゃんは「あらぁ、キレイなあさぎ色だねぇ」と受け取って、「こりゃたまげた。この浴衣、おばあちゃんのおばあちゃんがなっちゃんと同い年の頃に着てたってやつだよ」と言いました。


「あさぎ色っていうんだ。すごく気に入ったの! ねえ、おばあちゃん!」


「はいはい、着てみましょうね」


 おばあちゃんに着付けをしてもらうと、あさぎ色の着物は私にぴったり合いました。


「どう、似合ってる?」


 くるりと一回転すると、おばあちゃんは「ばっちぐー、よ」と親指を立ててお茶目にほめてくれました。


「やったー!」


 飛び跳ねて喜ぶと、首元で鈴がチリンとなりました。


「あら、なっちゃん。その鈴のヒモ、どこで買ったんだい?」


「これ? 迷子を助けた時に……もらった、みたいな?」


 するとおばあちゃんはニコニコして「そりゃええことをしたね」と言いました。


「いいかい、なっちゃん。そのヒモはえにしヒモって言ってね。赤ちゃんが生まれたらへその緒を切っちゃうでしょ。その代わりに、十二歳になるまで子どもにつけさせておくものなのよ」


 おばあちゃんによれば、ヒモには母親と子どものかみの毛が編みこまれていて、遠く離れてもひかれ合うそうです。


「昔は人さらいや神かくしが多くてね。親は子どもを心配して、そういうおまじないをやったんだよ」


 おばあちゃんは「ちょっと待ってなさい」とタンスを探って、銀色のヒモを取り出しました。


「鈴はこれでつけなさい。えにしヒモは手首に結ぶものだからねぇ」


「わかった」


 おばあちゃんの言う通り、ヒモを外して付け替えます。


 おばあちゃんは私の右手首に、取れないけど締め付けないくらいの強さでえにしヒモを巻いてくれました。


 お昼になったら、家のみんなも帰って来て、お父さんも起きてきました。


 昨日の夕食の残りを食べて食後のお茶を飲んでいると、スクーターに乗ったお坊さんが訪ねてきました。


 お坊さんはこの村に三人いて、十三日から十五日の三日間ですべての家を回ってお経をあげます。


 それ以外に神主さんのお手伝いでお祭りの準備もするし、旅行客の対応もしています。


 だからすごくいそがしくて、日が経つにつれてげっそりとしてきます。


 仏間に座布団をしいて正座して、意味分からないお経を三十分くらい聞きました。


 足がしびれてしまって、私と美里ちゃんはこっそりあぐらになりました。


 長かったので自由研究をどうしようか考えていると、いいアイデアが思いつきました。


 お経が終わってお坊さんが帰ると、片付けのためにみんな立ち上がったのですが、お父さんは足がビリビリになって立ち上がれませんでした。


 おもしろかったので私とお姉ちゃんで足をつっついてからかいました。


 その後、家の人たちは夕方までひとねむりしに部屋に行ってしまいました。


「私ちょっと散歩してくるわ。久しぶりだから会いたい子多くてさ」


 お姉ちゃんはひらひらと手を振って出かけていきました。


「写真お願いね!」


 あわててその背中にさけぶと、お姉ちゃんは片手を挙げてひらひらと振って答えてくれました。


 お母さんは家事をやるから、私の相手はお父さん。


「行きたいとこあるかい?」


 お父さんは車のキーをくるくる回しながらたずねます。


「特にないかな……暑いし、みんな寝てるでしょ」


「だよね……本当にお客様って感じだよなぁ……」


 二人でえん側に座って、あみ戸ごしにぼんやりと空を見上げました。


「お父さんさ、さっき家事を手伝ったらお母さんにジャマだって言われちゃったよ」


「私はお皿洗い得意だよ。お父さんはお母さんがいないと何にもできないんだね」


「そうみたいだな……」


 お父さんがタタミにガバっと横になったので、その中によじ登ります。


 でも、体温が熱くてすぐに離れました。


「今年は晴れたなぁ……お父さんがなっちゃんと同い年の頃はさ、お盆になると毎年雨だったんだよ」


 そして、お父さんはごろりと転がってこちらを見ると、「アイスでも持ってくるか」と言いました。


「まだいいかな……そうだ、自由研究……」


 体を起こしてカバンを探ると、お父さんが「え~、後でいいよ」と言いましたがムシしました。


「スマホで村の写真を撮って地図を作ろうと思うの。方眼紙をつなげたおっきなやつ」


 洋間で見つけた村の地図をテーブルに広げたら、お父さんも起き上がってのぞきこんできました。


「いいんじゃないか。ついでに紹介文と村の歴史なんかを書くといいよ」


「うん、そうする。写真はお姉ちゃんに撮って来てもらうことにしたから、お父さんは文章書くの手伝ってくれる?」


「もちろんいいよ。お父さんがんばっちゃうからな」


 お父さんは半そでなのにそでまくりのポーズをして立ち上がると、家中からハサミや定規、マジックペンを持ってきました。


 それから三時になるまで方眼紙に村の地図を書き写して注しゃくを入れていきました。


 三時のおやつが出てくる頃には地図は八割完成しました。


 あとは写真を貼って歴史を調べるだけです。


 家の人たちが起きてきたので地図を片付けて、おやつの後は浴衣を着つけてもらいました。


 おうちを出る前におばあちゃんが私と美里ちゃんをこっそり部屋に呼びました。


 公然の秘密、おこづかいです。


 毎年お祭り前に学年×千円もらえるのです。


 まず美里ちゃんがお金をもらい、肩かけカバンの中の財布に入れました。


 そのカバンには八蛇巡り用の懐中電灯と虫よけスプレーが入っています。


 次に私もお金をもらって巾着の中のお財布に入れました。


「ねえ、ヘビってどうやって笑うの?」


 さりげなくたずねると、おばあちゃんは顔色を変えて「聞いたのかい?」と私の両肩をつかみました。


 そのひょう変ぶりにおどろきつつ、「聞いてないよ……ただちょっと気になっただけ」と答えると、おばあちゃんは私のうでに巻かれたえにしヒモに手を当てて言いました。


「ヘビはイジワルに笑うんだ。チロチロ、コロコロ、シャルシャルって具合でね」


「笑い声じゃないみたいだね」


「そうだとも。ヘビは笑ってるんじゃない。呼んでるんだよ」


「呼んでる?」


「そうだよ。なっちゃんみたいなカワイイ子をね」


 おばあちゃんはゴツゴツした手で私の頭をわしわしとなでました。


「もしもの時はえにしヒモが返してくれるから、手離すんじゃないよ」


「……わかった」


 それから、おばあちゃんはかみをクシですいて整えてくれました。


「よし、かみの毛もかわいくできたよ。私のカンザシをさしたからね。これで安全さ」


「ありがとう、おばあちゃん!」


 ぎゅって抱きつくと、おばあちゃんはうれしそうに笑ってくれました。


 カンザシはツゲでできていて、ウルシが塗られている高級品でした。


 尖端が二本に分かれていて、根元の所にはすかし彫りで紫陽花が描かれていました。


 すごく気に入ったので、お祭りが終わったら私にくれないか相談してみようと思います。


 出発まで少し時間があったので、朝からの出来事を日記に書いていました。


 この続きは明日書こうと思います。


 たぶん、今日は帰ってくるのがおそくなるしつかれていると思うから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る