第18話:8月13日(木)おばあちゃんちに行きました
また変な夢を見ました。
「かごめ、かごめ、かごの中の鳥は、いついつ出やる、夜明けのばんに、へびとかえるがすべった、後ろの正面だぁれ」
この歌がずっと流れていました。
すごく高いところから落ちた私は大きなカエルの口に食べられました。
かまずに飲みこまれて、また落ちてヘビの口に食べられました。
カエル、ヘビ、カエル、ヘビ……目が覚めるまでずっと飲みこまれました。
朝ご飯の時にお父さんにかごめの歌について聞いてみたら「知ってるよ。ヘビとカエル、という部分はツルとカメが普通だけどね。おばあちゃんちの近所だとそういう歌詞で歌われるんだ」と教えてくれました。
おばあちゃんちへ行くのが楽しみだから、この歌が夢で流れたのでしょうか。
でも、これまで一度も聞いたことがないのにおかしいです。
「以前におばあちゃんちに行ってぐう然聞いたのが残ってたのかもよ」
お姉ちゃんはそう言っていたけれど、絶対私は聞いたことがないはずです。
「夢っていうのは無意識にかかわってるから、覚えてなくてもどこかで耳にしただけで出てきたりするものなのよ」
お母さんがそう言って、この話はおしまいになりました。
まだ疑問だったけど、生まれてから今までのことなんてぜんぶ覚えているわけありません。
そこで耳にしたかもしれないと考えたら、一応は納得できました。
忘れ物がないか確認して、戸じまりとか電源とかを切ったらお父さんの車でおばあちゃんちに向けて出発しました。
お姉ちゃんが高校生になったくらいから家族でお出かけする回数が少なくなってしまいました。
留学とか、合宿とか、お姉ちゃんは旅行しているけれど、私は家にいなくちゃいけません。
絵理ちゃんたちが海外とかに旅行しているのを、私はちょっとうらやましいと思っていました。
かといって、お姉ちゃん抜きで遠くに旅行したくはありません。
家族みんなで旅行したいんです。
おばあちゃんちへは毎年必ず行くから、私にとってはこれが家族旅行です。
去年はお姉ちゃんがイギリス留学でいなかったから、おばあちゃんは少しさびしそうでした。
今年は二人ともいるから喜んでくれるとうれしいです。
一時間くらい車で高速道路を走って、と中で大きなパーキングエリアで休けいしました。
お姉ちゃんは缶コーヒー、私はシークワーサージュースを買ってもらいました。
森の中にあるちゅう車場を見ながら缶コーヒーを飲むお姉ちゃんはすごくかっこよかったです。
デニムのショートパンツがすごく似合っているし、丈の長いシースルーのカーディガンが風になびいて映画みたいでした。
「イギリスのさ、ブライトンっていうところでもこんな感じのパーキングがあってね。友達のマリアとコーヒー飲んだよ」
「紅茶じゃないの?」
「はははっ、なっちゃんくわしいね。でもイギリス人だってコーヒー飲むんだよ。まあ、缶コーヒーは日本にしかないから、カップコーヒーだけどね」
お姉ちゃんがマリアさんの話をする時は、少し大人っぽい表情になります。
理由は分からないけれど、何となく悲しそうだから、私はいつもぎゅって抱きつきます。
「楽しみだね、おばあちゃんち」
「うん!」
お姉ちゃんに手を引かれて車にもどります。
パーキングエリアは車の往来が激しいから注意しないといけません。
シートベルトをしめたら出発!
車内ではお歌を歌ったり、しりとりをしたり、クイズを出し合ったりして楽しかったです。
パーキングからまた一時間くらい走ったら高速道路を下りました。
そこから下の道をさらに一時間と少し進んだら、おばあちゃんちがある三鏡村につきました。
ここは周囲を山に囲まれていて、私たちが通った村の東にある「三影トンネル」と、村の南東にある「見人トンネル」しか外と道路が通じていません。
お父さんによれば、村の名産物は夏から秋にかけて出荷される高原キャベツで、観光名所としてはいくつもの滝巡りと温泉巡りがあるそうです。
夏はキャンプ、冬はスキーのために観光客もけっこう来ます。
冬になると雪に閉ざされますが、スキー客が泊りがけで村に滞在したり、登山グループが宿を利用するなど活気はおとろえません。
「この村からオリンピック選手も出ているんだぞ」
お父さんは毎年聞くセリフで村の自まんを終えました。
三影トンネルを抜けると、ゆう大な山のすそ野に緑のキャベツ畑と棚田が広がるなつかしい景色が現れました。
車で村の中を走っていると、お昼前なのにほとんどだれもいませんでした。
毎年この時期は朝の三時くらいからキャベツを収かくするので、太陽が高くなってからはみんな家で選別をしたり、休んだりしています。
歩いているのは観光客と明日のお祭りの実行委員の人くらい。
そんな毎年こう例の景色の中、村の入り口付近にある神社に赤い着物の女の子が立っているのが見えたような気がしました。
ハッとして振り返ると、もう通り過ぎていたから確かかどうかは分からないけれど、それは夢に出てきた女の子だったと思います。
村役場を通り過ぎ、中央通りを西へ直進、村はずれの蛇行川にかかった面影橋を渡ると、徐々にのぼり道になっていきます。
左右には石を積んで平らにした棚田があり、何本もの農道がうねうねと伸びています。
道の両側の石カベは高さが不ぞろいで、向こう側が見えたり見えなかったりします。
この道の行きつく先に辰巳本家のお屋しきがあり、それよりも標高が高いところはすべてキャベツ畑とスキー場です。
お父さんに聞いたんですが、辰巳家はキャベツを作っている地主で、蛇行川より西側の土地は戦前まですべて本家が所有していたんだそうです。
その辰巳本家の次男がもう亡くなったおじいちゃんで、おじいちゃんの次男が私のお父さんです。
私はさらに次女だから、次次次って感じでちょっと面白いです。
おばあちゃんのおうちは分家の上辰巳家で、辰巳本家から見て東側の斜面にありました。
ちなみに、西側にはおじいちゃんの弟のおうちがあり、これが分家の下辰巳家です。
この三つの家が村では「御三家」とか「三頭家」とか呼ばれていました。
おばあちゃんちは、棚田と同じくしゃ面に石を積んで平らにしたところに建っています。
母屋は木のヘイに囲まれた二階建てで、裏手には農機がしまわれた納屋があります。
納屋の横にはキレイなため池があって、蛇行川にまで細い支流が続いていました。
「こんにちは! おばあちゃん!」
車から降りたら自分の荷物を持って一番に玄関へ走っていきました。
ガラガラと横開きのドアを開けると、ろう下の角からちょうどおばあちゃんが出てきました。
「よくきたねぇ、遠かったでしょお? さっ、上がって上がって」
おばあちゃんは今年で七十二歳だけどすごく元気で、今も自分で大きな農機を運転しています。
「おばあちゃん元気?」
「ええ、元気元気。あら、冬子ちゃん。美人になったわねぇ」
お姉ちゃんが来たので、私はジャマにならないようにクツを脱いでおうちに上がりました。
廊下を左に曲がって進み、突き当りを右に曲がったおくに客間がありました。
「あらなっちゃん、大きくなったねぇ」
と中にはキッチンがあって、そこで安子伯母さんがお茶の準備をしていました。
「去年より三センチも伸びました!」
元気に報告をしつつ荷物を置いて、玄関のすぐ左側にある応接間にもどってくるといとこの美里ちゃんが待っていました。
「なっちゃん!」
「美里ちゃん!」
私たちは同い年ですごく仲がいいお友達です。
ぎゅって抱き合って喜んでから、さっそく一年間の出来事の報告会が始まりました。
美里ちゃんは村の女の子で一番泳ぐのが速くて、真っ黒に日焼けしています。
たまにFortniteをいっしょにやるからけっこうお話しているけど、顔を合わせてお話するのはやっぱり通話とはぜんぜんちがうと思います。
なんていうか、ちゃんとお話ししている気がしてとっても楽しいです。
お父さんとお母さんもやって来て、みんなでお茶にしました。
夏野菜のお漬け物はうちでも食べるけど、おばあちゃんちのは味がこくておいしいです。
特にみょうがのお漬け物はちょっと変わった味だけどひりっとした感じが夏っぽくて好きです。
現在、おばあちゃんの家にはお父さんのお兄さん・武治さん、安子伯母さん、美里ちゃんの四人が住んでいます。
武治さんはお祭りの実行委員長なので今日は神社で仕事をしています。
お父さんたちの妹の沙也加さんは九州で看護師さんをやっていて、今年もいそがしいから来られないそうです。
「冬子ちゃんとなっちゃんにも浴衣あるでな」
毎年お盆におばあちゃんちに来ると、おさがりの浴衣を一着もらえます。
去年はお姉ちゃんがいなかったけど、今年はまた美里ちゃんと三人で浴衣を選べるので楽しみです。
お茶のついでにお昼のうどんをみんなで食べたら、それぞれ動き始めました。
お父さんは武治さんたちにあいさつに出かけ、お母さんはご近所さんにお中元を配りに行きました。
安子伯母さんはお寺さんに明日のお経の相談に出てしまい、おうちには子ども三人とおばあちゃんが残りました。
おばあちゃんちは古いので、クーラーが三つの部屋にしかありません。
武治さんと安子伯母さんの寝室、美里ちゃんの離れ、おばあちゃんの寝室です。
それ以外の部屋には三つあるせん風機を持って行ってがんばるしかありません。
応接間にはちょうどお昼にせん風機を持ってきていたので、そこで午後の予定を話し合いました。
「冬子ちゃん、英語はどうなの?」
おばあちゃんは若い頃にお裁ほうをやっていて、半年イギリスに留学したこともあるスーパーウーマンでした。
今でも冬には英語担当としてスキー場で働いています。
だから、お姉ちゃんとイギリスの話がしたくてうずうずしていたようです。
お姉ちゃんもおばあちゃんのことを尊敬しているから、話し始めたらすごく長いです。
私と美里ちゃんは応接間を出て、とりあえず村の西にある山上神社を目指して散歩することにしました。
「冬子ちゃん、すごく美人になってたね」
「うん。でもやっぱりまだ子どもだよ」
「そうだね」
私が生まれてからお姉ちゃんは両親に甘えづらくなったと思います。
だから、おばあちゃんにはたっぷり甘えてほしいです。
美里ちゃんもそれは分かっているようでした。
私たちは二人とも人に気を使えるいい子なのです!
「中学生になったら美里ちゃんも村を出るの?」
「うん。東京のお兄ちゃんのうちに行く予定」
「じゃあもっと遊べるようになるね!」
私は道ばたに落ちている棒を拾って、何となく振り回しました。
「いつも話してるとこ、たくさん連れていってね」
「もちろん! 楽しみだな~」
私だってお姉ちゃんほど東京にくわしくはないけれど、それなりには分かります。
「美里! なっちゃん!」
「さゆりちゃん!」
うちを出て五分くらい歩いた「食いちがい四辻」で、本家の方からやって来たさゆりちゃんと出くわしました。
ここはそれぞれの辰巳家から伸びた道が村内への一本道に交わる場所です。
目印となる大きな桜が一本立っていて、地面には石の道祖神がありました。
道はここからうねうねと曲がりながら棚田の間をぬって蛇行川にかかる面影橋まで続いています。
さゆりちゃんは私たちと同い年で色白の美少女でした。
美里ちゃんの親友で、私とも昔から仲良しでした。
「なっちゃんちの車が見えたから急いで出てきたの! 麦わらボウシ、ステキね」
さゆりちゃんは白いつば広のボウシをかぶっていました。
「ありがとう! さゆりちゃんもまたキレイになったね」
私たちは三人並んで歩き出しました。
「冬子さんも今年はいるんでしょう?」
「うん! おばあちゃんとイギリスのお話してるよ!」
「すごいなぁ、私も冬子さんみたいになりたいわ」
さゆりちゃんはお姉ちゃんの大ファンでもありました。
「あとはすみれちゃんがくればいつもの四人集合だね」
美里ちゃんがそう言うと、さゆりちゃんがあきれたような顔をしました。
「すみれならまた男の子たちと神社で遊んでいるわ。辰巳家の自覚がないのよ、あの子」
すみれちゃんとは、美里ちゃんやさゆりちゃんと同じく私のいとこで、下辰巳家の長女です。
男勝りのサバサバした性格で、空手をやっているのですごく強いです。
「でも私たちもこれから神社行くよ」
「みんなで行くならいいの。それになっちゃん、あなたが来たらみんな喜ぶもの」
さゆりちゃんは私の手をにぎって言いました。
「すみれは一人でも神社にいるし、学校で男の子たちと取っ組み合いのケンカだってするのよ」
「また強くなったんだね。会うのが楽しみだな~」
「もう、なっちゃん、すみれを甘やかさないでよ?」
さゆりちゃんはおこっているけど、本当は心配性なだけって知っています。
美里ちゃんにそうだよねって視線を投げると、そうそうって笑顔が返ってきました。
やがて道は平らになって、面影橋に差しかかります。
橋を渡って蛇行川をさかのぼっていけば、十五分くらいで村の西にある山上神社の石段前につきます。
「今年の自由研究だけど、明日のお祭りのことを書くのはどうかな?」
二人に相談すると、美里ちゃんは「いいんじゃない?」って言ったけど、さゆりちゃんは「お祭りだけだと短いんじゃない?」と言いました。
たしかにそうなので三人でああでもない、こうでもないと意見を出し合いました。
そして、美里ちゃんの「お祭り以外にもこの村の歴史を調べればいいんじゃないかな。うちがキャベツ栽培始めたこととか」という意見で、結論が出ました。
この日記で地理のことが書いてあるのは、夜に安子伯母さんから村の資料をもらって、お父さんといっしょにそれをまとめたからです。
山上神社についたら一礼して鳥居をくぐり、石段を上っていきました。
百と八段ある石段は左右にジグザグと蛇行していて、すぐ横には三苦滝があります。
これは蛇行川の源流から流れている本流の滝で、三段になっている観光名所でした。
資料によると、昔は蛇行川を渡ってその先の辰巳山に入る修験者がそれぞれの段で滝浴びをして身を清めたらしいです。
辰巳山というのは今はキャベツ畑になっている山のことで、辰巳家のお屋しきもそのしゃ面に建っています。
滝の音を聞きながら石段を上っていると、頭上の緑のおかげもあって心が清らかにすんでいくような気がしました。
頂上に着くと立派な鳥居があって、その先には境内が広がっています。
鳥居の右手に竜を模した手水屋があって、正面おくに拝殿、左手には大きな蔵が二つありました。
境内には他に供養塔や稲荷社もあって、いくつか細い道があったり、大きな御神木があったりします。
お祭りの準備は拝殿おくの石段を上った先にある本殿で行われているので、大人はみんなそっちにいます。
「なっちゃん!」
私の姿を見つけると、子どもたちがかけよってきました。
手水屋を越えたところにある御神木でみんな「蛇神様がぬすんだ」をしていたのです。
「みんな、久しぶり!」
子どもたちは今日は二十三人いて、私と同じように村外から帰省してきた子も三分の一くらいいます。
「おう、なっちゃん! 元気だった?」
「すみれちゃん! いえ~い!」
すみれちゃんは相変わらずどこへ行くにもジャージ姿でした。
ハイタッチであいさつして、私たち三人も「蛇神様がぬすんだ」に加わりました。
これは「だるまさんが転んだ」とほとんど同じルールだけど、後半がちがいます。
鬼が「蛇神様がぬすんだ」と言ってこちらを向くので停止するのは同じですが、タッチで仲間を解放するのではなく、鬼が守っているお宝をぬすむのが目的でした。
ぬすんだ時から鬼ごっこが始まり、鬼以外はお宝をパスしながら境内をにげ回ります。
鬼はお宝をぬすんだ子をつかまえたら勝ちです。
鬼につかまった子は全員鬼になります。
そして、お宝を持ったままつかまった子が次の鬼になるのです。
だから、最後まで残るとすごくつかれます。
美里ちゃんは足が速いし、すみれちゃんは反射神経がすごいので、この二人が鬼になるとすぐにつかまってしまいました。
逆にさゆりちゃんが鬼になると、下級生の子でもぜんぜんつかまらないのでかわいそうになって、最後はわざとつかまってあげました。
運がよかったのか、私は一度も鬼にならないで遊びを終えました。
農家の子は朝から家の手伝いがあるため、四時になると帰っていきました。
帰省してきた子たちもぽつぽつと帰っていって、最後は六年生だけになりました。
女の子は私と美里ちゃんとさゆりちゃんとすみれちゃん。
男の子は順太郎くんとハルキくんと三郎太くんとカケルくんと正一くん。
九人とも「蛇神様がぬすんだ」にはあきていたので、お宝だったボールを使ってドッヂボールをしました。
奇数なのでさゆりちゃんがしん判をやって、私はすみれちゃんと組みました。
男の子は三人が美里ちゃんと組んで、四対四。
すみれちゃんがすごく強くて、順太郎くんも同じくらい強かったので、実質この二人の対決でした。
すばしっこい三郎太くん、球速がすごいカケルくん、賢いハルキくん、おとなしいけどキャッチがうまい正一くん。
他の四人もそういう個性はありましたが、とにかくすみれちゃんと順太郎くんにはかないませんでした。
五時の鐘が鳴って勝負はお預けということになりました。
「明日のお祭り、みんな来るだろ?」
「今年は晴れるようだし、二度とないチャンスだからな」
順太郎くんとすみれちゃんはそう言って私たちに目配せしました。
「何のこと?」
帰省組の私とカケルくんが首をかしげると、さゆりちゃんが代表して説明してくれました。
「竜神池までの巡礼……八蛇巡りのことよ。私は下らないって思うけど、一応伝統なの」
「あれ、こわいのか? さゆり」
「すみれはだまってて。とにかく夜の山は危ないんだから」
さゆりちゃんは腕を組んで、私たちを見回しました。
「辰巳家の者として危ないことはさせられないから。決まりは守ってもらうわよ」
その後、さゆりちゃんが八蛇巡りについて教えてくれたのは次のようなことでした。
いつ頃からか、お祭りの夜に六年生たちが二人一組で水上神社のさらに上にある竜神池に巡礼するようになりました。
それは大人には秘密で、どの時間に始めるかも子どもたちだけで決めます。
水上神社からは八つの蛇行する山道が竜神池まで通じているので、全組同時に出発して別々の道を歩いていきます。
巡礼のしるしに、竜神池にあるほこらの周りにだけ咲く竜胆の花を摘んできます。
不思議なことに、出発時刻は同じでも竜神池につく時刻にはちがいがあり、他の組とはほとんど出くわさないそうです。
水上神社の本殿にもどってきたら、祭だんに竜胆をお供えして手を合わせます。
するとそれから一年はいいことが続くんだそうです。
「それで、決まりって何?」
説明を受けてから私とカケルくんが同じ質問しました。
さゆりちゃんは「それは……」と返事に詰まってしまいました。
するとハルキくんがスッと手を挙げて言いました。
「気配が追って来ても、竜神池までは決して振り向くな」
次に三郎太くん。
「竜胆は二人で一本しか折ってはいけない」
美里ちゃん。
「おーいとか、おいでとか呼ばれても答えるな」
正一くん。
「二人を結ぶヒモが切れたら近くの木に結んで引き返せ」
順太郎くん。
「竜神池にとどまり過ぎてはいけない」
すみれちゃん。
「赤い着物はジゴク行き、青い着物は泣かずに流れる」
最後にさゆりちゃん。
「友を見捨てば抜け殻となる」
私とカケルくんは七人があまりにもたんたんと、練習してきたみたいによどみなく言うのでおどろいて無言になってしまいました。
「まっ、とにかく真っ直ぐ行って、ぱぁーって引き返せばいいんだよ!」
すみれちゃんがそう言って順太郎くんの背中をバンッとたたきました。
「いってぇ! すみれてめぇ!」
二人のガキ大将が争いを始めるのを温かい目で見つめつつ、美里ちゃんも「大丈夫だよ」と私の手をにぎってくれました。
「そんな重く考えないで。懐中電灯もあるし、いざとなったらスマホで電話すればいいんだから」
たしかにそうだけど、私の不安は別のところにありました。
みんなが口にした決まりごとは夢の中のあの子を連想させたし、先週の変な家みたいに電波が通じないことだってあるのです。
ましてや暗い山の中。
本当に大丈夫なのでしょうか。
「明日の七時、本殿裏の首本杉に集合な。浴衣でもちゃんとしたクツはいて来いよ」
順太郎くんのその言葉で、六年生の秘密会議は解散となりました。
女の子四人で夕日の石段を下りながら、学校の話や芸能人の話をしました。
本当は八蛇巡りについて聞きたかったけど、これ以上質問してはいけないというふん囲気がただよっていました。
山を下りると、お祭り前日ということもあって村の主要な通りに吊るされた提灯に明かりがついていました。
でも、行く手を照らすはずのオレンジ色の灯りはそれほど強くなく、かえって地面に落ちるカゲをこくしているだけのように思えました。
「それじゃあね!」
「また明日な!」
食いちがい四辻で別れる頃には村はすっかり夜になっていました。
棚田のせいで見晴らしは悪く、闇が頭上からおおいかぶさってきているような重苦しさがありました。
明日はこれよりももっとおそい時間に山へ行くのだと思うとこわくて仕方がありませんでした。
「……ごめんね、なっちゃん」
もう少しでおばあちゃんちというところで、美里ちゃんがぽつりと言いました。
「いいよ。毎年やっているんだし、大丈夫でしょ?」
ちょっと強がってみると、美里ちゃんは小さく首を横に振りました。
「美里ちゃん?」
「……そうだよね、大丈夫だよね」
美里ちゃんは自分に言い聞かせるみたいにそう言ってだまってしまいました。
何かかくしごとがあるようだけど、分かりません。
私は不安を消そうと胸元の鈴をにぎりました。
――待ってる。
そんな声が聞こえた気がして、私はとっさに振り返りました。
しかし、暗い坂道があるだけで、周囲にはだれもいませんでした。
「なっちゃん?」
「あっ、なんでもないよ、ごめんごめん!」
先に行った美里ちゃんに追いついて、二人で「ただいま」とおうちに帰りました。
夕ご飯は天ぷら、おすし、からあげ、お漬け物、新鮮なキャベツ……という感じのすごくごうかなものでした。
お父さんと武治さんはお祭りの詰め所で一晩中えん会だそうで、いませんでした。
女六人だけの食事は、ここには書けない秘密の話で大いに盛り上がりました。
改装したばかりのキレイなお風呂はジェットが出たりミストが出たりする最新のタイプでした。
お姉ちゃんが入っているところに私と美里ちゃんで突入して、三人で洗いっこしました。
美里ちゃんは水泳部らしく手足がすらりとしててうらやましかったです。
お風呂を上がったら二人とも冬子お姉ちゃんに髪の毛を乾かしてもらいました。
八時前におばあちゃんと安子伯母さんはすでに寝ていました。
私たちはお母さんも入れて四人で大富豪をしました。
お姉ちゃんがすごく強くて、私と美里ちゃんはいつもビリ争いをしていました。
九時になって美里ちゃんも離れの自室に行ってしまいました。
お姉ちゃんは応接間で英語の勉強をはじめたので、私もとなりで日記を書き始めました。
お母さんがお風呂に行くと、私は手を止めてお姉ちゃんに「八蛇巡り」のことを聞きました。
「私が小六の時はそんなのなかったけどな……ああでも、あの時はたしか雨が降ってたから……」
お姉ちゃんはそこで少し考えこみました。
「なっちゃん、去年のお祭りの日は雨降ってた?」
言われてみれば、降っていました。
去年も、その前も、これまでぜんぶ、お祭りの日だけはポツポツと雨が。
「山道は危ないからね。晴れないとやらない行事だとしたら、ラッキーじゃない?」
「でも、こわいよ……」
そう言うと、お姉ちゃんは私の頭をなでてくれました。
「私のスマホ貸してあげる。八時からなら、そうだな……二時間経ってもなっちゃんが本殿に来なかったら大人に伝えるよ」
本当はお姉ちゃんにこっそりついて来てもらえれば一番だけど、それはさすがにダメだとお姉ちゃんも分かっていました。
こういう決まりごとはちゃんと守っておかないと、うちの悪いうわさが広がってしまいます。
そうなったら迷惑するのはおばあちゃんや安子伯母さん、そしてだれよりも美里ちゃんなのです。
「二人一組なんだし大丈夫だと思うけどな。竜神池ならホタルとかいるだろうし、きっとキレイだよ」
お姉ちゃんはいつも前向きだからすごいです。
話しているだけで元気をもらえる気がします。
「うん……そうだね!」
お母さんがお風呂から上がって来るまで日記を書いて、私は先に寝ることにしました。
お風呂とかトイレ、洗面所は玄関から右側にあるので、応接間とは反対側です。
歯をみがくために一人でろう下を歩いていると、電気がついていてもすごく心細いです。
外からはカエルの合唱以外何の音もしなくて、家の中は静まり返っています。
洗面所ににげこむみたいに入って歯をみがくと、さっさとトイレをすませました。
ろう下を早足で歩いていき、玄関の前にさしかかった時でした。
「なっちゃん」
ドアの方から私を呼ぶ声がしたのでそっちを見ると、玄関が開いていて、庭先にかわずちゃんが立っていました。
「かわずちゃん! どうしてここに?」
私はサンダルをはいて庭に出ました。
「ここで生まれたから」
かわずちゃんはいつもの青い着物をきていて、手には竜胆を持っていました。
「それ、竜神池に行ったの?」
かわずちゃんはこくりとうなずいて、両手を大きく広げました。
「なっちゃん、私たちが聞こえるでしょ?」
「私たち? カエルのこと? うん、すごいよね」
そう言うと、かわずちゃんはニヤリと笑って言いました。
「もしもジゴクで迷ったら、私たちを信じなさい」
そして、手にした竜胆をバリバリと食べ始めました。
「か、かわずちゃんっ?」
おどろいている間に、竜胆はかわずちゃんの口の中に消えてしまいました。
「またね、なっちゃん。笑うヘビに気をつけて」
かわずちゃんはそう言うとくるりと私に背を向け、カエルの鳴き声が満ちる闇にとけていきました。
私はぼーっと今の出来事が何だったのか考えましたが、分かるはずもなかったので家の中にもどりました。
かわずちゃんもこの村の出身だったなんて、すごいぐう然です。
それに竜胆を食べたのも、手品じゃなかったらかなり変わってる食事の趣味だと思います。
笑うヘビ、というのは何のことでしょう。
分からないことだらけだけど、もう今日はつかれたのでねむろうと思います。
明日の八蛇巡り、何事もなく、楽しく終わるといいな。
おやすみなさい。
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