第16話:8月11日(火)絵里ちゃんと蛇山に行きました

 ラジオ体操がないのに早く起きてしまいました。


 なんだかもったいない気がします。


 お父さんとお姉ちゃんはまだ寝ているので、起こさないように部屋を出ました。

 

 台所ではお母さんがお弁当を作っていました。


 みそ汁のいい匂いがただよってきます。


「おはよう!」


「おはよう、なっちゃん。ラジオ体操がなくても早いのね」


 お母さんは自分とお父さんのお弁当にオカズをつめていました。


 ハートや星の形をしたオカズに、ノリで「LOVE」と書かれたご飯。


 私はお父さんが毎日お弁当を食べ終えた包みに小さな紙でメッセージを書いてお母さんに送っていることを知っています。


 一回だけ読ませてもらったことがあるけど、お姉ちゃんいわく「胸やけする」ような甘々な言葉が書かれていました。


 二人は今でもラブラブなのです。


「水上神社まで散歩してきていい?」


「ご飯までには帰ってくること。いい?」


「うん、わかった。いってきます!」 


 おうちを出ると、まだ太陽がのぼりきっていないのにセミが鳴いていました。


 地面にはもう鳴かなくなったセミが落ちています。


 みんな死んでいるように見えて、たまに生きているのがいて、近づくとおおさわぎしておどろいちゃいます。


 ご近所さんはまだほとんどの家がねむっているようだけど、いくつかの家の台所には電気が点いています。


 水上神社まで大きな通りは一つだけで、あとは路地を進みます。


 朝の町は静かで、空気はすごくとう明です。


 太陽とか、湿度とか、排気ガスとか、人間の呼吸とか、空気中のよけいなものが夜のうちになくなって、ぜんぶ入れ替わっちゃったみたい。 


 私はそんな気持ちのいい空気を吸い込んで歩いていきます。


 ラジオ体操があるとかんちがいして、もしかしたらだれかいるかと思ったけど、おばあさんが一人参拝しているだけでした。


「おはようございます!」


 元気にあいさつすると、おばあさんも「あら、おはよう」と返してくれました。


 二礼二拍手一礼で参拝します。


 パン、パンと手をたたく音が境内に気持ちよくひびきました。


「なっちゃん」


 神社の裏手に回ると、前にカエルのこま犬を見た辺りにかわずちゃんがいました。

 相変わらず青い着物を着て、夏なのに涼しそうな顔をしていました。


「かわずちゃん! 気持ちいい朝だね」


「洗ってくれてありがとう」 


「あっ、わかる? 昨日百々山に行ってね、そこのわき水で洗ったの!」


 かわずちゃんに近づいて、銀色にかがく鈴を手渡しました。


 かわずちゃんはハムスターをなでるみたいに優しい手つきで鈴をなでました。


「すごくキレイになってる……ふふ、気持ちよかった……」


 鈴をなでるかわずちゃんの口元はニヤリとゆがんでいて、赤い三日月みたいでした。


「……ありがとう」


 一分くらい鈴をなで回したかわずちゃんは、それを私の首にかけてくれました。


 すぐ近くで見ると、かわずちゃんはかわいいけれど、やっぱり顔のどこかにい和感がありました。


「ねえ、お礼になんでもひとつかなえてあげる。なっちゃんのお願い」


 かわずちゃんはそう言って、アゴの下というかノドのところをカエルみたいにぷく

ってふくらませました。


「なんでも? うーん……」


 かわずちゃんにお願いしたいことなんてパッとは思いつきません。


 いっしょに遊んでほしい。


 これはお願いするまでもないでしょうし、たまに夢にも出てきてくれます。


 みんなに紹介させてほしい。


 だけど、かわずちゃんがこれまで私にしか声をかけていない時点でみんなとは仲良くなりたくないのだと何となく分かります。


 私は仲良しグループが絶対ってわけじゃないけれど、そういう子は多いです。


 だから、グループのバランスは大切だって知っています。


「じゃあ、アイデアをくれないかな。今日お友達の相談に乗るんだけど、正直私にはどうしたらいいか分からないの」


「……どんな相談?」


「この前変な家に入って、ヘビみたいなのに追いかけられたの。それからその子、変なものが見えるようになったんだって」


 そう教えると、かわずちゃんは「なっちゃん自身のことじゃないんだね」と急につまらなそうな顔をしました。


「だけど私のお友達のことなの。それって私のこととほとんどいっしょでしょ?」


 そう言うと、かわずちゃんは両手の人差し指と親指の指先同士をくっつけました。


「えんがちょ」


「えんがちょ?」


「そう。しかるべき場所に行って、しかるべき社にヨリシロを返して、しかるべき者がこの手の形を作る。あとはなっちゃんがこのつながりを切ればそれでおしまい」


「そうなんだ! ありがとう、かわずちゃん!」


 言葉がむずかしくてよく理解できない部分もあったけれど、大体は分かりました。


 効果あるのかは別として、してみると良さそうなことがあるというのはずいぶんマシです。


「なっちゃんはいい子だね」


 かわずちゃんはそう言って「ゲコッ」てノドを鳴らしました。


 その時、どこかから流れてきたおいしそうな匂いに、私はお母さんの言葉を思い出しました。


「そろそろ行かなくちゃ。また遊ぼうね!」


「うん。待ってる」


 神社の表の方にもどってくると、すっかり太陽が上がっていました。


 ちょっとお話しただけなのに三十分くらい経っています。


 私は小走りで家に帰りました。


 汗をかいちゃったけど、朝ご飯には間に合いました。



 ご飯の後、お父さんに「えんがちょって知ってる?」って聞きました。


「映画で見たことあるな。たしか悪いエンを切るんだよ」


 お父さんは手でチョップの形を作って、何回か空を切りました。


「エンって?」


「うーん……つながり、みたいなものかな。例えばなっちゃんとお友達はたまたま同じ学校で同じクラスだから知り合えただろう。同い年でもちがう学校だったり、ちがう県だったら知り合えなかった。だからなっちゃんとお友達にはエンがある、というわけだ」


 お父さんの説明はいつも分かりやすくてすごいです。


「悪いエンを切るのはいいこと?」


 そう質問すると、お父さんはむずかしい顔をしました。


「基本的にはいいことだろうね。悪いエンなんだから。でも、たまにそのエンがリョウエンにつながったりもするんだ」


 すると、話を聞いていた冬子お姉ちゃんが口をはさみました。


「ようするに良いも悪いもなっちゃん次第ってことよ」


 それってつまりどういうこと?


 そう聞きそうになったけど、やめました。


 お姉ちゃんは頭がいいから、言葉が足りなくても伝わってると思っちゃってるところがあります。


 そういう時は分からないって言ってもまともにそれ以上説明してくれません。


「エンを切るのも、つなぐのも、よく考えて実行しなさいってことよ」


 お母さんがフォローを入れてくれて助かりました。


「分かった! ありがと、お父さん、お姉ちゃん」


 その後、私は宿題とピアノの練習をがんばりました。


 ついでに国語辞書で「しかるべき」を調べると、「そうあるべき。そうするのがふさわしい」とありました。


 お昼はお姉ちゃんと昨日の出前の残りを食べました。



 水筒をカバンに入れて麦わら帽子をかぶったら家を出ました。そして、約束の一時ぴったりに水上神社につきました。


 道中はたくさんセミが鳴いていてすごく暑かったけど、神社にたくさんある木かげに入るとちょうどいいくらいの気温になります。


「なっちゃん!」


 やって来た絵理ちゃんは運動着みたいなジャージ姿ですごく動きやすそうなかっこうでした。


 それに、香水のいい匂いもしなくて、少し汗くさいのです。


 いつもおしゃれなのにめずらしいです。


 しかも、すごく暑いのに左手をずっとポケットに入れていて、背中を曲げて具合が悪そうでした。


「絵理ちゃん。さっそくだけど変なものって何?」


 そう聞くと、絵理ちゃんはキョロキョロしながら「ヘビ……だと思う」と言いました。


「あの日からずっと背中に視線を感じるの……お外に出ても何かがついてくる気配がして、振り返ると何もいないの」


「それは……イヤだね。ストーカーじゃないんだよね?」


「私もそれを疑ったけど、家の中でもずっと視線を感じるなんておかしいでしょ」


 絵理ちゃんはそこで小声になって、ひそひそ話をするみたいに私に顔を近づけました。


「それでインターネットで色々調べてね。書いてあった方法で後ろを見てみたの……」


 その方法とは、夕方か明け方に鏡に背を向けて立って、左の肩越しに振り返るというものらしいです。


 すると、相手には気づかれずに正体をぬすみ見ることができるのだとか。


「そしたら、いたのよ。光る目でじっとこっちを見ているヘビみたいな細長いカゲが……」


 絵理ちゃんはビクッてして、また辺りをキョロキョロ見回しました。


「しかも、それだけじゃないの」


「まだあるの?」


「私、呼ばれている気がするの」


 絵理ちゃんが真昼間なのに寒そうにふるえるから、私はその右手をにぎってあげました。


「呼ばれているって?」


「ヘビに、"家"に来いって……」


 絵理ちゃんはポケットの中に入れたままの左手をずっと動かしていました。


 心によゆうがなさそうに見えたので、刺激しないように気を付けながら私は聞きました。


「そのポケットの中身、見せてくれる?」


 すると絵理ちゃんは私の右手を振り払って、後ずさりしました。


「な、何もないよ」


 絵理ちゃんの目は明らかに泳いでいて、絶対うそをついていました。


「何もないんだね。じゃあ、今から言うのはぜんぶ仮にだけど……」


 私はできるだけ絵理ちゃんをこわがらせないように、落ち着いた口調を心がけて言いました。


「あの家にはたくさん大きなヘビの抜け殻があったよね。私、ずっと考えてたんだけど、多分わかったの」


 ポケットに入れっぱなしの手、汗のニオイ、ヘビ、家……これらのことと、かわずちゃんが言った「しかるべき場所、しかるべき社」を合わせると、答えは出ました。


「絵理ちゃん、今日は蛇山の大蛇の家に行くよ」


「えっ、大蛇の家? えっ、待って……ええ?」


 絵理ちゃんはよく分かっていないようだったけど、私はそれが一番いいと思ったのでズンズンと歩き出しました。


「ヘビ、今もついてきてる?」


 水上神社を出て日かげの路地を歩きながら質問しました。


 絵理ちゃんはこくりとうなずいて言います。


「なっちゃんって、こうって決めたら意外と強引だよね。修学旅行の時もさ……」


 引っ越して来てすぐの五月に修学旅行で京都へ行きました。


 私は新参者だったけど、どうしても見たいお寺があって、クラスの周回コースにも含められるからそこに行きたいと主張しました。


 みんなはこれ以上増やさなくていいって顔をしたけれど、私は絶対行きたかったから、観光案内の本から写真をいっぱい切り取って配りました。


 私の熱意に押される形でそのお寺に寄ることが決まって、当日はみんな「写真よりすごい!」って喜んでました。


「あれは私が行きたかっただけで……だけど今は絵理ちゃんのためなんだから! 強引でもいいでしょ!」


 何となくはずかしくてそう言い訳したけど、言ってからむしろよけいはずかしいことを口走ったかなって思いました。


 私の方が少し先を歩いていたから表情は分からなかったけど、「……そうだね」ってつぶやいた絵理ちゃんも照れていたかもしれません。


 蛇山につくと、前にもいたおばあさんがジッと座って鳥居を見つめていました。


「こんにちは!」


 あいさつをすると「蛇山で遊ぶなら暗くなる前に帰りなさいね」と前と同じことを言われました。


 次に「振り返るな」って言われるだろうことは知っていたけれど、絵理ちゃんがこわがるといけないから、私は「さよなら!」と会話を切り上げて走って鳥居をくぐりました。


「ちょっと、どうしたの?」


 少し息の上がった絵理ちゃんが追いついて来たので、「何でもない」と答えて小道を真っ直ぐ進んでいきました。


 高い木のおかげで蛇山の中は涼しくて、遊ぶのにちょうど快適でした。


 遠くから同じように遊びに来た子どもたちの声が聞こえました。


 何か変なのが出て来るかなって内心こわかったけど、そんな気配もなく大蛇の家につきました。


「少し休もうか」


 大蛇の家は少しだけ小高いところにあり、その周りには小さな石がきがありました。


 辺りには土の匂いが満ちていて、あちこちにひだまりができていました。


「ノドかわいたでしょ?」


 私は適当な倒木にこしかけて水筒を取り出しました。


 絵理ちゃんは感じているらしい視線におびえながら私のとなりに座りました。


 その左手は相変わらずポケットの中に入ったままです。


「このお水、百々山のわき水なんだよ。あっさりしててすごくおいしいんだから!」


 フタをコップにして一口先に飲んでから、コップを絵理ちゃんに渡しました。


「わき水なんて初めて飲むかも……んっ……こくっ……」


 絵理ちゃんが水を飲み始めた時、ざわっと森がふるえた気がしました。


「んんっ、おいしい! もう一口もらっても?」


「うん、いいよ!」


 絵理ちゃんのコップにおかわりを注ぐと、絵理ちゃんはポケットから左手を出して、両手でコップを持って一気に飲みました。


「こくっ、こくっ……くっ、う~!」


 コップから口を離した絵理ちゃんは、何だか別人になったような感じがしました。


 説明が難しいけど、シャワーを浴びてさっぱりした時の感じに似ていました。


 コップを返してもらいながら、今なら多分大丈夫だと思って「ねえ、左のポケットに何が入っているの?」と聞きました。


 すると、絵理ちゃんは「ポケット? 何かあったかしら……」とガサゴソして、「あっ、本当に何かある……」と何かをにぎって取り出しました。


「これは……抜け殻、かしら」


「だね。あの家のやつだと思う」


 私は水筒をしまうと立ち上がって、絵理ちゃんの手を引いて大蛇の家の前につれていきました。


「それをここに置いてくれる?」


「ええ、分かったわ」


 絵理ちゃんはお供えするみたいに社の前に抜け殻を置きました。


 私は絵理ちゃんに人差し指と親指を合わせるように言って、そのつなぎ目をチョップするみたいに切りました。


「えんがちょ!」


 スパっと指と指がはなれた時、いっしゅんだけ何の音も聞こえなくなりました。


 映画の一時停止みたいな状態の中で、絵理ちゃんの左ポケットから小さなヘビがするりと出てきました。


 それはそのまま足を伝って地面に落ちると、にゅるにゅる動いて森の中に消えていきました。


 そして、車が後ろから抜き去っていくみたいな感じに、森に音が返ってきました。


「……どう?」


 絵理ちゃんの顔を見たら、答えを聞くまでもなく効果があったと分かりました。


 それまでのおびえていた表情はキレイさっぱりなくなっていて、曲がっていた背中もいつもみたいにシャンと伸びていました。 


「いなくなったよ……あれが、いなくなった!」


 絵理ちゃんはすごくうれしそうに言いました。


「よかった!」


 二人で手を取り合ってその場でジャンプしました。


 ぐるぐる回って、やったーってさけんで、そして絵理ちゃんは私にぎゅって抱きついてきました。


「ありがとうなっちゃん!」


 重かったけどなんとか受け止めました。


 絵理ちゃんは私より背が高くて胸もおっきいから、ぎゅってされたらちょうど私の顔は胸にうまっちゃいます。


「うっぷ、えっ、絵理、ちゃ!」


 やわらかいけど苦しくて、ちっそくしちゃうかと思いました。 


「あっ、ごめん……私、汗くさかったよね?」


 絵理ちゃんはあわてて私を解放しました。


「そんなこと……いや、うん、ちょっと汗くさかったかも」


 そう答えると、絵理ちゃんは「そこはウソついてくれたっていいじゃない」と笑ってくれました。


 私たちはそれから蛇山を出て、駄菓子の山田に行きました。


 店番のおばあちゃんにラムネとミニもんじゃを注文して、せん風機の回っているおくのタタミ部屋に座りました。


 絵理ちゃんはそこで、あの家に入ってから今日までの出来事を話してくれました。



 あの日、一人で二階に上った絵理ちゃんはまずさっちゃんの部屋に行きました。


 するとカギがかかっていたので何回か呼びかけましたが、返事はありませんでした。


 仕方ないので、絵理ちゃんはお姉さんの部屋に行きました。


 カギは開いていましたが部屋の中は真っ暗で、床にはビニールのような変なものが散らかっていました。


 しかも窓には木の板が打ちつけてあって、変な貼り紙がしてありました。


 こわくなった絵理ちゃんは、弟の幸太くんの部屋に行きました。


 そのタイミングで私たちが階段を上がってにげて来たので、あわてて部屋に入れました。 


 バリケードを作って閉じこもった後、絵理ちゃんはビニールのようなものを拾ってヘビの抜け殻じゃないかって言いました。


 その時の抜け殻を、無意識にポケットに入れていたようなのです。


 その夜、絵理ちゃんは大きなヘビが左足首に巻きついてくる夢を見ました。


 翌日はフランスのことを考えて元気なフリをしていたけど、夢の中でヘビが左ふくらはぎにまで巻きついてきました。


 そしてこの日から、変な視線も感じ始めていたようです。


 花火大会の日は、左太ももまで巻きつかれた夢を見ていました。 


 私が迷子の男の子の話をした時に「それってもしかして――」と言いかけたのは、同じような現象に悩まされているのかな、と思ったからだそうです。


 昨日は左半身までヘビが巻きついてくる夢を見て、一日中寝間着のジャージ姿でベッドに入っておびえていました。


 そして、今日の夢でヘビは左うでにまで巻きついてきていました。


「実は……さっきなっちゃんからお水をもらうまでの記おくが、あんまりないの。ずっと寝不足で、ふわふわしてて、もやがかかったみたいで……」


 左手をポケットに入れていたことも、着替えていないジャージのままだったことも、私の手を振り払ったことも、絵理ちゃんは覚えていませんでした。


「今はじわぁ~って思い出せるようになってきたわ。紙に水が広がっていくみたいに……」


 ミニもんじゃを食べる手を止めて、絵理ちゃんは私を見つめて言いました。


「ヘビが首まで巻きついてきたら終わりだって何となく分かったの。でもどうしようもなくて……こわかった……」


 その目にナミダがうかんでいたので、私は絵理ちゃんの左手をにぎってあげました。


「もうこわくないよ。夢だって見ないよ、きっと」


「うん……私もそう思う……」


 絵理ちゃんは私の手に指を絡ませてにぎり返し、「本当にありがとう、なっちゃん」ってお礼を言ってくれました。


 色々あったけど無事に解決してよかったです。 



 夕方に絵理ちゃんとお別れしておうちに帰ったら、お姉ちゃんのお友達が何人か来ているようでした。


 私は少しつかれていたので、夕ご飯までねむっていました。


 夕方の森の中に池があって、ほとり一面に白い百合が咲いていました。


 私は小舟に一人で乗っていて、これは夢だと分かりました。


 池の真ん中にある小島には大きな木が何本も生えていて、その中心に小さなほこらがありました。


 小島の木のすべてに縄が巻かれていて、ほこらと私の間の水面には大きな鳥居が立っていました。


 ほこらの前で、だれかが私を呼んでいました。


 その子は赤い着物を着ていて、かわずちゃんにそっくりだけど、かわずちゃんではありませんでした。


 日が沈んで暗くなるとカエルの合唱が始まって、無数のホタルが池の周囲を照らし出しました。


 どうにか小島にたどりつきたい気持ちはあるけれど、私には何もできないというのもどこかで理解していました。 


 お母さんに起こされるまで、私はそのだれかをじいっと見つめていた気がします。 


 食後にお風呂に入っていたら、何となくやりたくなってノドをふくらませて「ゲコ」って言ってみました。


 かわずちゃんみたいに鳴らすのはけっこう難しくて、練習したけど結局変な音しか出ませんでした。


 明日はひまりちゃんとゲームで対戦するので楽しみです。


 最近は体を動かしてばっかりだったから、たまにはゲームもいいと思います。


 いっしょに優勝を目指します。


 おやすみなさい。

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