第14話:8月9日(日)花火大会で迷子の子と会いました

 プリキュアの時間ギリギリに起きました。


 先週の大ピンチのせいで仲間割れが起こってしまい、もうダメかと思いました。


 でも、音楽の力は五線ふがなくても即興で出すことができるって、ジャズ、セッション、ダンスを見てそれぞれが気づきました。


 その後、敵が遊園地に現れた時、もう二度とプリキュアにならないって決めた三人が同じタイミングで遊園地に行ったのはすごかったです。


 ケンカしてても即興コンビネーションはバツグンで、最後はコブシを合わせて仲直りしました。


「音楽の楽しさは楽ふ通りに演奏するだけじゃない! 人生だって決められた道を歩くだけじゃない!」


 このセリフが一番印象に残りました。


 朝ご飯を食べたらピアノの練習と宿題をやりました。


 自由にひこうにも、まずは楽ふ通りにひけないとダメなのでがんばりました。


 お昼前にみんなで車に乗って冬子お姉ちゃんの大会を見に行きました。


 昨日の予選を勝って、今日はいよいよ決勝です。


 お姉ちゃんは英語で研究成果を発表するグループスピーチ部門と、個人的な話をするソロスピーチ部門に出場していました。


 何を言っているのかは分からなかったけど、ステージの上で堂々と話すお姉ちゃんはキラキラしていてすごくかっこよかったです。


 グループスピーチは十組中七位で残念だったけど、ソロスピーチは十五人中二位ですごかったです。


 私の中ではお姉ちゃんは一位の人よりかっこよかったです。


 大会が終わったら、お姉ちゃんに「おめでとう」を言いに行きました。


 テンションが上がっていたのと、たぶんアメリカっぽい文化のせいで、お姉ちゃんに何回もちゅーされてはずかしかったです。



 お姉ちゃんはみんなで打ち上げに行くらしいので、私たちは家に帰りました。


 お母さんに着せてもらったのは、青地に白で水の流れが表現されたオシャレな浴衣で、帯はメダカの模様が描かれた銀色のものでした。


 おばあちゃんのおさがりだけどサイズぴったりでした。


「お祭りではぐれても、知らない人について行っちゃだめよ」


 お母さんはそう言って、私にお財布とスマホの入った巾着を持たせてくれました。


 十八時の待ち合わせだったけど少しだけ早く水上神社に着きました。


 だれもいないので境内に座っていると、いつの間にかとなりにかわずちゃんがいました。


「かわずちゃん! 久しぶりだね!」


「うん。その浴衣、なつかしいね」


「これ、おばあちゃんのなんだって! 似合ってる?」


「とっても似合ってるよ、なっちゃん」


 かわずちゃんはいつものおたまじゃくしの着物でした。


「かわずちゃんも花火大会行くの?」


「行けない。でも、いっしょに見てるよ」


 その時、「なっちゃーん!」って私を呼ぶ巴ちゃんと絵理ちゃんとさっちゃんの声がしました。


「おーい! ねえ、かわずちゃんも……あれ?」


 みんなに手を振って答えてから横を見ると、かわずちゃんはどこにもいなくなっていました。


「なっちゃん、どうしたの?」


「ねえ、さっきまで私のとなりに女の子がいなかった?」


 三人は顔を見合わせて「いなかったよ」と答えました。


 絵理ちゃんはピンクの生地に線香花火がたくさん描かれた浴衣で帯は黄色でした。


 巴ちゃんは前のお祭りの時と同じくお気に入りの緑地音ぷの浴衣で、帯は深い青と白のシマ模様でした。さっちゃんは涼しそうな黄緑の浴衣で、帯は水色でした。


 私たちは水上神社から十五分くらい歩いて、花火が打ち上げられる八蛇川の土手に行きました。


 と中でペットボトルのお水を買ったり、無料で配っていたうちわをもらって浴衣の帯にさしたりしました。


 ベルギーから帰ってきたさっちゃんはずっと旅行の話をしていました。


 どこにも変わったところがなくて安心しました。


 会場に着くとたくさんの人がいました。


 私たちは固まって動いていい席を探しました。


 すると、私は迷子になっているらしい男の子を見つけました。


「大丈夫? お母さんとはぐれたの?」


 そう聞くと、男の子はなみだをふいて「……お母さんがはぐれたの」と言いました。


「私はなっちゃん。いっしょに係の人のところに行かない?」と手を差し出しました。


「お姉ちゃんも迷子なの?」


 私は、私が立ち止まったことに気付かず、少し前を歩いている三人の背中を見ました。


「そうだよ」


 すると、男の子は私の手をぎゅってにぎりました。


 私は男の子といっしょに三人に追いつきました。


「絵理ちゃん、席はありそう?」


「本部の向こうはまだ空いているみたいよ」


 会場の入り口付近はうまっているけれど、本部よりもおくの土手にもシートがしいてあるみたいです。


「本部に寄れるよ、よかったね」


 男の子に笑いかけると、「あの……おトイレ……」と彼はもじもじ言いました。


「みんな、私おトイレ行くから、先行ってて」


「分かった。気を付けてね」


 私と男の子はわき道にそれて、林の中にあるおトイレに行きました。


 そこは暗い遊歩道の中にあって、すぐ後ろに大きな弁天池がありました。


 八蛇川は花火大会会場の目の前で八本の川が合流して一つになっています。


 会場入口があるのは合流地点で、私たちが目指している本部向こうの土手は八本の川の外から二番目の土手でした。


 そして、弁天池は昔から一番外側にある小さな支流の水門の役目を果たしている池だそうです。


「そこの小さな子、そう、あなた……」


 おトイレの外で待っていると、弁天池の方からだれかを呼ぶ女の人の声がしました。


 池のほとりに行くと、弁天様の社がある小島にかかる朱色の橋に着物を着た髪の長い女の人が立っていました。


「私を呼びましたか?」


 そうたずねると、女の人はうなづいて、私に「おいで、おいで」と手招きしました。


 弁天池の周りには街灯が少なくて暗いはずなのに、遠くにいる女の人の姿がはっきりと見えました。


 女の人は桜の花のかんざしをさしていて、えんじ色の着物にはキレイな桜の花と枝が描かれていました。帯は深い緑色で、帯紐は白でした。


 女の人の肌は雪みたいに白くて、唇は花みたいな赤で、とても美人でした。


 みとれてぼーっとしてしまったせいか、気が付くと私は橋の入り口まで歩いてきていました。


 何となくその橋を渡ってはいけない気がするのですが、体が勝手に動こうとします。


「私、花火大会にもどらないと……」


 だけど、お姉さんは手招きをやめません。


 私は変なことが起こっていると気が付きました。


 真夏なのに虫の声は聞こえず、少し肌寒いのです。


 しかも、周りを見ると桜が満開に咲いています。


 弁天島にはお花見に毎年来ているけど、夏に桜が咲くなんて聞いたこともありません。


 これも熱中症のまぼろしかと思ったけど、夜だし、ちゃんとお水は飲んだからちがうはずです。


「こっちへいらっしゃい」


 女の人はいつの間にか小島に立っていました。


 私は橋を半分くらいまで進んでしまっています。


 首元の鈴をにぎっても、不安は無くなりませんでした。


 このまま行ったら絶対によくないと分かっているけれど、一歩ずつ小島に近づいて行ってしまいます。


「私は迷子の子を助けたんです、おトイレにいて、置いていけないんです!」


 大きな声でそう言うと、体がスッと軽くなりました。


「たつお?」


 そう言う女の人の眼中に、私はもういないようでした。


 振り向くと、橋の前にさっきの男の子が立っていました。


「お母さん」


「たつお!」


 男の子は女の人に向かってすごい勢いで走り出しました。


 私は何が何だかわからなくて反応がおくれ、男の子とぶつかってしまいました。


「あっ……えっ?」


 でも、しょうげきは一切ありませんでした。


 男の子は私をすっと通り抜けて橋を渡り切り、女の人の胸に飛び込んでいたのです。


 男の子を抱きしめる女の人はすごくうれしそうな顔をしていました。


 私がぽかんとしていると、女の人が顔を上げて笑顔で頭を下げました。


「ありがとうなっちゃん!」


 男の子は女の人と手をつないだまま振り返って大きな声で言いました。


「……よかったね」


 私がそう言うと、タオルに水が吸い込まれるみたいに、二人はスッと消えていきました。


 辺りはいつものようにうす暗くなっていて、桜も一本も咲いていませんでした。


「……これは?」


 右手に何かにぎっていることに気が付いて手を開くと、そこには赤いヨリヒモがありました。 


「なっちゃん! おそかったね!」


 土手に戻って来てみんなを見つけると、巴ちゃんがかけよってきました。


「ごめんね。さっきの迷子の男の子をお母さんのところに送ってたの」


「迷子の男の子?」


 さっちゃんが首をかしげました。


「うん。私と手をつないでた子」


 すると巴ちゃんが「でもなっちゃん、おトイレに行くまでずっと一人だったけど」と言いました。


「えっ……うそ」


「本当にいたの? そんな子」


 絵理ちゃんはそう言いながら、少し不安そうな顔をしていました。


「……いたはずだけど」


 私は男の子とつないでいた右手を開いて、そこにあるヨリヒモを見つめました。


「なっちゃん、それってもしかして――」


 ――ドーン! 


 絵理ちゃんが何か言おうとしたところで大きな花火が鳴りました。


 私たちはシートに座って夜空を見上げました。


 迷子の話題はもうどこかにいっていました。


 色とりどりの花火が打ち上がって、ドーンって音といっしょにキレイな花を咲かせました。


 赤、青、黄、紫、白……。


 菊の花みたいなの、色んな方向にネズミみたいに動くもの、枝垂れ桜、観覧車、たくさんバク発するやつ……。


 何発上がったのか数え切れなかったです。


 とびきり大きな花火が連続で上がって、花火大会は終わりになりました。


 たくさんの人がすごかったね~って話しながら帰っていきます。


 私たちも集団の中でゆっくり帰り道を進みました。


 絵理ちゃんが私にだけ聞こえる小声で「私、あの家に行ってから変なものを見るの」と言いました。


「今度相談に乗ってくれる?」


「分かった。火曜日はどう?」


「いいわ。お昼を食べたら水上神社に集合ね」


「うん」


 約束すると、絵理ちゃんは安心したような顔で「ありがとう」って笑いました。


 うちに帰ったらお母さんといっしょにお風呂に入りました。


 花火がすごかったって言ったら、お母さんが高校生の時にお父さんと花火大会に行った話をしてくれました。


 お母さんはモテモテだったけど理想が高くて彼氏がいなかったそうです。


 お父さんはおだやかでいい人だったけど積極的じゃなくてやっぱり彼女がいませんでした。


 お母さんとお父さんは同じクラスだったけど話したことはほとんどありませんでした。


 それぞれ別のグループで花火大会に行っていて、と中でお母さんのぞうりの鼻おが切れてしまいました。


 お友達に先に行ってもらって、一人でどうしようかなやんでいたらお父さんがたまたまやって来て、持っていたバンソウコウを指に貼ってくれたそうです。


 そして、近くの屋台で仮面を買って、その留めヒモで鼻おを作ってくれました。


 お母さんは二人で抜け出そうってお父さんをさそって、秘密の場所へ案内したそうです。


 そこは小高い神社で、だれもいない境内から花火がよく見えました。


「まあ、お父さんと恋人になったのはそれから五年後なんだけどね」


 お母さんはそこで初めてお父さんの良さを知ったけど、お父さんはドンカンで、照れ屋さんで、ダメダメだったから時間がかかったんだって言ってました。


 同じ大学に行っても気づかないお父さんはだいぶ残念な人だったんだなって思います。


 でも、二人が結婚したから私やお姉ちゃんがこの世にいるわけで、花火大会があってよかったと思いました。


 寝る前にかわずちゃんの鈴のヒモを赤いヨリヒモに交換しました。


 明日は文乃ちゃんとピクニックに行きます。


 『女生徒』も持って行って、自然の中で読もうと思います。


 おやすみなさい。

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