第11話:8月6日(木)大きなヘビに襲われました

 朝から天気がすごくよかったので、買ってもらったばかりの麦わらボウシをかぶってラジオ体操に行きました。


 絵理ちゃんと巴ちゃんもさっちゃんのお母さんが何か変だって言っていました。


 でも、お母さんが変ならさっちゃんのことがよけい心配です。


 絵理ちゃんの提案で、危なくなったら帰ること、いざという時のために絵理ちゃんがスマホを持って行くこと、三人でいっしょにいることを決めました。


 帰り道で浩平くんと会いました。


 さっちゃんのうちに行く話をしたら「冒険みたいでワクワクするな」って言ってたけど、まったくそんなことありません。


 男の子はみんな浩平くんみたいな考え方をするんでしょうか。


 午前中はお勉強をやって、お昼はお姉ちゃんとソーメンを食べました。


 お中元で送られてきた高級ソーメンが五箱もあるので、これから一週間はソーメンを食べなくちゃいけないかもしれません。


 きゅうりやトマト、シソなどで味変できるけど、絶対あきると思います。


 ご飯の後、お姉ちゃんは部活に行ってしまいました。


 私はこっそりお姉ちゃんの部屋からチカン撃退スプレー(トウガラシ)を借りてカバンに入れました。


 お母さんに買ってもらったブレスレットをしたら出発です。


 集合場所の水上神社につくと、巴ちゃんは防犯ブザーとボイスレコーダーを持ってきていました。


 巴ちゃんのお父さんは警察官で「最近はぶっそうだから」といつも持たされているそうです。


 さっちゃんのおうちは同じ形の庭付き住宅が六件並んでいる通りの、大きな道路から入って四件目にありました。


 でも、住所は一件目から「五丁目一の一、一の二、一の三、一の五、一の六、一の七」となっています。


 これはアパートとかでもよくある「四」を飛ばすゲン担ぎだそうです。


 通りに入って四件目、さっちゃんのおうちが見えてくると、何となく変な感じがしました。


 夏休み前に遊びに来た時は白くて明るいステキなおうちでした。


 それなのに、今日は全体的に灰色っぽくて冷たい感じがしました。


 よく見てみると、見える部屋すべてのカーテンがしまっていました。


「いらっしゃい。よく来たわね」


 鉄の門の前に立っていたさっちゃんのお母さんはやっぱり笑顔で、昨日と同じ服を着ていて、ニオイがさらにひどくなっていました。


 なぜか表札は黒くぬりつぶされています。


 家のしき地に入ると、背中からぶわって汗が出てきました。


 玄関が開くと、くさった野菜みたいな生臭いニオイがしました。


「おじゃまします……」 


 三人とも今すぐ帰りたいと思っていました。


 でも、さっちゃんがいるから帰ることはできません。


 家の中はすごく暗くて、空気がとても重く感じました。


 クツを脱いでそろえると、さっちゃんのお母さんが裸足で私たちを出むかえていたことに気付きました。


 カベには貼り紙がしてあり、赤い字で「にしき様は正直な口を呑み込む」と書かれています。


 ろうかを歩くと、足の裏にねちゃあって何かがくっつくような感触がしました。


 クーラーをつけていないのでしょうか、おうちの中はものすごく暑くて空気がにごっています。


「ここで待っててね」


 さっちゃんのお母さんは、玄関から入ってすぐ右側のドアを開けて私たちをリビングに通しました。


 となりのキッチンにつながっている引き戸は閉まっていて「にしき様は闇の中でも姿をとらえる」と赤い字で書かれた貼り紙がありました。


 ちなみに、玄関からはまっすぐろうかが伸びていて、左側には部屋が二つ、突き当り左にトイレとお風呂、右に二階へ上がる階段がありました。


 二階は、記おく通りなら「く」の字の階段を上がって正面がさっちゃんのお姉ちゃんの部屋、となりがさっちゃんの部屋、ろうかをはさんで弟の幸太くんの部屋があります。


 あと、お姉ちゃんと幸太くんに大きな部屋をゆずった代わりに、さっちゃんの部屋にはベランダがあります。


 リビングには大きなソファがあったので三人でかたまって座りました。


 巴ちゃんがボイスレコーダーをオンにしました。


 部屋のスミにはごみ袋がいくつも置いてあって、床にはビニールのようなカサカサしたものが落ちています。


 電気を点けようとしたけど、いくらボタンを押しても明るくなりません。


「もしかして電気止まってるのかな?」


 私がつぶやくと、絵理ちゃんがテレビのリモコンを取ってボタンを押しました。


「……止まってるみたいね」


 巴ちゃんもエアコンのリモコンを見つけて押したけど、やっぱり動きませんでした。


「暑かったでしょ。さあ、これを飲んで」


 ガチャっとドアが開いてさっちゃんのお母さんが入ってきて、私たちの前にコップに入った赤い液体を置きました。


「これは……トマトジュースですか?」


 巴ちゃんの声はふるえていました。


「ちがうわ。特製のジュースよ」


 さっちゃんのお母さんは自分のコップを持つと、ごくごくと飲み始めました。


「おいしいわぁ……さっ、飲んで飲んで」


 さっちゃんのお母さんはずっと笑顔で、口の端から液体が垂れているのにふこうともしません。


 私たちはコップを持って鼻を近づけます。


 ドロリとした液体は生臭くて、とても飲めたものじゃありません。


「あの、さっちゃんと会いたいんですけど……」


 私がおそるおそる言うと、さっちゃんのお母さんは笑顔のまま「二階の部屋にいるから、一人ずつ会いに行ってあげて」と言いました。


「みんなで行きたいんです」と絵理ちゃんが言うと「まだ安静にしていなくちゃなの。一人ずつ会いに行ってあげて」と返されました。


 もしも何かあった時のために、スマホを持っている絵理ちゃんが最初に行くことになりました。


 絵理ちゃんがいなくなると、さっちゃんのお母さんが「神様って信じてる?」と聞いてきました。


 首を横に振ると、「いるのよ、神様。いつも私たちを見守っていてくださるの」と言い、ポケットに手を入れました。


 カサカサとあの変な音が鳴ります。


「神様に会わせてあげる」


 さっちゃんのお母さんはそう言って立ち上がり、部屋のドアを開けました。


 私と巴ちゃんは仕方なくさっちゃんのお母さんについて部屋を出ました。


 さっきは気が付かなかったのですが、ろうかのカベには所々ねばねばした樹液みたいなものがくっついています。


 そして、おくの部屋の向かい側には「にしき様は天井からよだれを垂らす」という赤い字の貼り紙がありました。


 さっちゃんのお母さんはろうかを真っ直ぐすすみ、脱衣所のドアを開けました。


 ずる、ずるっ……。


 部屋のおくから、何か大きなものがはい回るような音が聞こえてきました。


「にしき様……はい……幸加です」


 ひとり言をぶつぶつともらしながら、さっちゃんのお母さんは脱衣所の中に姿を消しました。


 そして、お風呂場のドアが開く音がしました。


 ずる、ずっ……ねちゃあ……。


 大きなスライムを床に落としたような音がしました。 


「さあ、こっちへいらっしゃい」


 さっちゃんのお母さんが手だけろうかに出して手招きしていました。


 いったいお風呂場に何がいるのでしょう。 


 ずっ、ずるっ……ねちゃ、ずっ……ずる……。


 はい回る音はどんどん大きくなっています。


「さっちゃんに会わせてください!」


 私がさけぶみたいに言うと、さっちゃんのお母さんの手がスッと引っ込みました。


「さっちゃんのお部屋に行きますから!」


 巴ちゃんもさけびました。


「ダメよ」


 すると突然、私たちのヒザくらいの高さから、さっちゃんのお母さんがにゅっと顔を出しました。


 九十度真横を向いた笑顔のままで、首だけがこちらを向いているのです。


 私と巴ちゃんは同時に悲鳴をあげました。


「幸加が必要なのよぉ」


 さっちゃんのお母さんの頭がぐぐぐっと持ち上がっていきます。


 首の付け根から九十度上方向に曲がって、異様に長くなっていくみたいです。


「ねぇっ、神様に会いたいでしょう?」


 私と巴ちゃんは顔を見合わせて「うん」ってうなづきました。


「素直でいい子ねぇ」


 さっちゃんのお母さんがそう言った瞬間でした。


 巴ちゃんが防犯ブザーをさっちゃんのお母さんに投げつけました。


 防犯ブザーはおでこに当たって、さっちゃんのお母さんは後ろにたおれ込みました。


「今だ!」


 私たちは一気にかけ出して、お風呂場の前にある階段を上りました。


「待ちなさいぃ!」


 後ろからさっちゃんのお母さんのどなり声が聞こえました。


 首をしめながらしゃべっているような、異常な声でした。


 振り返ると、さっちゃんのお母さんはなぜか両手を体の横にぴったりとつけて地面をうねうねとはって追って来ていました。


「なっちゃん、早く!」


 巴ちゃんにせかされて、私は階段をかけ上りました。


「待てっ、待てぇ!」


 階段上の手すりから身を乗り出して下をのぞくと、さっちゃんのお母さんはまだ「く」の字の踊り場辺りにいました。


 寝そべった体勢だから階段を上るのに苦労しているみたいでした。


 私たちは二階に上がり、一番おくのさっちゃんの部屋まで一目散にたどりつきました。


「さっちゃん!」


 ドアノブをひねりますが、カギがかかっていて開きませんでした。


「なっちゃん、巴ちゃん!」


 その時、となりの幸太くんの部屋のドアが開いて、中から絵理ちゃんが手招きしました。


 私たちはすぐ中に入ってドアを閉めました。


 だけど、ドアにはカギがついていません。


「早くしないとあれが来ちゃう!」


 巴ちゃんがあわてたように言いました。


「あれ?」


「さっちゃんのお母さん! ヘビみたいにはってたの!」


 私が答えると、絵理ちゃんは「ヘビ……」と考え込んでしまいました。


 ドンッと階段の方で音がして「幸加ぁ!」という声が聞こえてきました。


「バリケードを作ろう!」


 巴ちゃんの呼びかけに答えて、私と絵理ちゃんは本だなをたおしました。さらにベッドとテーブルを押してドアにフタをしました。


 間いっぱつ、ドンッとドアにぶつかる音がしました。


 私たちは三人でバリケードを背にふるえていました。


 やがて静かになると、巴ちゃんが「暗いんだよこの家!」と言って窓のところに行きました。


 でも、カーテンを開けるとそこには木の板が打ち付けられていました。


 そこには貼り紙があって、赤い字で「にしき様は小さいうちに首を絞める」と書かれていました。


「お姉さんの部屋もそうなっていたわ」


 絵理ちゃんはそう言って、床に落ちているカサカサしたものを拾いました。


「二人とも、これを見て」


 スマホの光で照らすと、それはビニールではないようでした。


 厚みがバラバラだし、所々に魚のうろこみたいな模様があります。


「ヘビの抜け殻じゃないかと思うの」


「ヘビの……っていうか絵理ちゃん、スマホで助け呼んでよ」


 巴ちゃんがそう言うと、絵理ちゃんは泣きそうな顔で「このうちに入ってからずっと電波が通じないの。機内モードみたいに」と言いました。


「そんな……」 


 その時、ガタガタガタッと家全体がゆれました。


「今のなに!?」


 絵理ちゃんはビクッとして私に抱き着いてきました。


 汗の匂いに交じって、絵理ちゃんのイチゴみたいな甘い匂いがしました。


「何か大きなものが落ちた音じゃないかな……階段を」


 そう答えながら、私は頭の中でさっちゃんのお母さんが階段を転げ落ちていく様子を想像してしまいました。


「あれが落ちたのか……ひとまず助かった……」


 巴ちゃんはそう言って、部屋の中をあさり始めました。


「なんでヘビの抜け殻が家中にあるのかしら……」


「絵理ちゃん、もしかしたらさっきお風呂場にいたかも。おっきいヘビ」


 私は振り返った時にチラリと見たのです。


 さっちゃんのお母さんの後ろ、浴そうからぬるりと体を出している縄のようなものを。


 あれが巨大なヘビだったとしたら、脱皮した時の抜け殻は家中にまけるくらいの量になるかもしれません。


「ねえ、バット見つけたんだけど」


 巴ちゃんが押し入れのおくから古い木製バットを出してきました。


「これでさっちゃんの部屋のドアをこわせないかな?」


 無理じゃないかって思ったけど、やってみなければ分かりません。


 それに、ぜんぶの窓が木でふさがれているとしたら外に出る手段は玄関のドアしかないはずです。


 そのためには一階に下りなくちゃいけなくて、階段前にはお風呂場があります。


 バットはどこかで役に立つはずです。


「やってみよう!」


 私がそう言うと、絵理ちゃんもうなずきました。


 私たちはさっそく聞き耳を立てながらバリケードを少しずつずらして、ドアをちょっとだけ開きました。


 チカン撃退スプレーをかまえながらろうかをのぞきますが、さっちゃんのお母さんがいる気配はしません。


「いこう」


 私、巴ちゃん、絵理ちゃんの順番で部屋から出ると、私は階段手前の角まで行ってスプレーを構えました。


「やって!」


「おりゃあ!」


 巴ちゃんがバットを振り下ろすと、ガキーンという音がしてドアノブがゆがみました。


「もう一回!」


 巴ちゃんがバットを振りかぶると、階段下から「何をしているのぉ?」とさっちゃんのお母さんの声が聞こえてきました。


 そして、ずる、ずるっとはう音。


「早く!」


「やってる!」


 絵理ちゃんに急かされながら巴ちゃんは何度もバットでドアノブをなぐりました。


「開いた!」


 巴ちゃんがさけぶと同時に、階段からさっちゃんのお母さんの頭がにゅっと現れました。


「幸加ぁ!」


「来ないでっ!」


 私はスプレーのボタンを思いっきり押しました。


「うぎゃぁぁぁあ!」


 さっちゃんのお母さんは悲鳴をあげて階段を転げ落ちていきました。


 私は走ってさっちゃんの部屋に飛び込みました。


「なっちゃん! 大丈夫?」


 ドアを閉めると、絵理ちゃんがまた私に抱き着いてきました。


「うん、お姉ちゃんのスプレーが効いたみたい!」


 答えながら部屋を見ると、さっちゃんの姿はどこにもありませんでした。


「ここにいないとなると、一階の部屋ふたつとキッチンだけど……どうしようか?」


 巴ちゃんはバットを時代劇みたいにこしに差すフリをしながら言いました。


「私たちの手に負えないよ。お巡りさん呼ぼう」


「私もなっちゃんに賛成……だっておかしいもん、この家」


 絵理ちゃんはベランダに面している窓の方を見ながら言いました。


 大きな窓には木の板が打ち付けられていて、そこにさらに釘で巨大なヘビの抜け殻がくくりつけられていました。


 そして、案の定貼り紙がしてあり「にしき様は腹の中から忍び寄る」と赤い字で書かれているのでした。


「まだスプレーはあるよね? よし、行こう!」


 巴ちゃんがバットを持って先頭で部屋を出ました。


 次に絵理ちゃん、最後が私です。


「この家のろうかとかカベ、ベトベトしてるでしょ」


 一歩ずつ階段に近づきながら、絵理ちゃんが小声で言います。


「多分だけど、ヘビが家中を動き回っているからだと思うの」


 ドンッ。


 みんな階段の前までたどり着いた時でした。


 私のすぐ後ろに何か大きなものが落ちてきました。


 首筋に悪寒が走ります。


 しゅるっ、しゅるる……。


 ビニールヒモを裂くような音がして、うなじに冷たいものがチラリとふれました。


「――逃げてっ!」


 私は振り返りながらスプレーをふん射しました。


 そこにいたのは、首をもたげた巨大なヘビでした。


 ヘビはスプレーを食らってのけ反りましたが、シャーっと言って私をにらみつけました。


 今すぐ階段を下りたいけど、下手に動いたらかまれてしまうでしょう。


「どけぇ!」


 階段の踊り場では、巴ちゃんがバットを振って近づこうとするさっちゃんのお母さんを必死に遠ざけていました。


 私はスプレーを構えながら、首から下げた鈴をそっとにぎりました。


(かわずちゃん、勇気を貸して!)


 次の瞬間、ヘビが私に向かってものすごい速さで突進してきました。


 私はとっさに階段の方へジャンプしました。


「やっ……えっ……」


 一瞬、羽が生えたのかと思いました。


 私は階段上の手すりを跳び越え、天井すれすれの高さまで跳んでいました。


「わ、わあぁぁ!」


 そして、そのまま重力にしたがってお尻から一階に落ちてしまったのです。


「ぎゃっ!」


 お尻が何か柔らかいものとぶつかって、トランポリンみたいに体ごとはずみました。


「なっちゃんすごい!」 


 階段から巴ちゃんと絵理ちゃんがかけ下りてきました。


 私は何が何だか分からないまま立ち上がって、二人について玄関までかけていきます。


「まあてぇぇぇぇ!」


 後ろから聞こえるかすれ声は、もうさっちゃんのお母さんの声じゃありませんでした。


「カギが閉まってる!」


 絵理ちゃんがさけび声をあげました。


「下がってて!」


 巴ちゃんがバットを振りかぶり、ドアを何度もたたきます。


 私は後ろを向いてやって来るものに備えます。


 スプレーは二階から跳んだ時に落としてしまいました。


「幸加ぁ……ママよぉ……幸加ぁ……」


 ぬちゃあ……ずるっ、ずっ……ずず……。


 階段の辺りは暗くてぼんやりとしか見えませんが、何かがうねうねとうごめいています。


「急いで巴ちゃん!」


 ずるっ、ずっ……ずずぅ……。


 下水道が逆流するような音。


 そして、暗がりの中でカゲが大きくなっていきました。


「幸加ぁぁぁ……幸加ぁぁぁ……」


 カゲの高さは天井までたっしており、横幅はろうかいっぱいまで広がっていました。


 今にもこちらに向かってすごい勢いで突進してきそうです。


「巴ちゃん!」


「開いた!」


 私がさけぶのとドアが開くのが同時でした。


 光が射しこんできて、ろうかのカゲを払います。


「幸加ぁぁぁ!」


 そこにいたのは、肩から下を大きなヘビに呑み込まれたさっちゃんのお母さんでした。


「うわぁぁぁあ!」


 私たちは悲鳴をあげながら家から飛び出しました。


 鉄の門は閉まっていたので、コンクリートのカベを無我夢中で乗り越えて、ドサッと道路に転がり落ちました。


 そこからは必死に走ったことしか覚えていません。


 一番近かった巴ちゃんの家に三人で転がり込んで、家にいた非番の巴ちゃんのお父さんに泣きつきました。


 巴ちゃんのお父さんはよく分からないという表情でしたが、ひとまず部下の人に連絡して私たちの入った家に行くよう言ってくれました。


 それから、汗でベトベトだった私たちはシャワーを浴びました。


 こわかったから三人で入ったのですが、お風呂場がすごくせまくなってしまいました。


 だけど、すぐ近くにお友達がいるって分かってすごく安心できました。


 巴ちゃんにお洋服を借りてリビングで休んでいると、巴ちゃんのお父さんが部屋に入って来ました。


「今部下がその家を訪ねたけどね、留守だったよ」


「おとう、そんなはずないよ!」


 巴ちゃんがそう言うと、巴ちゃんのお父さんはため息をついて言いました。


「そんなこと言ったって留守だったんだからしょうがないだろ。大家さんに許可取って庭やリビングの窓も見たけどね、木の板なんか打ち付けられちゃいなかったってさ」


「じゃあ、さっちゃんはどこに……?」


 私がそうつぶやくと、巴ちゃんのお父さんは「何言ってるんだい」と頭をかきながら言いました。


「中西さんたちは火曜日から家族旅行でベルギーに出かけたんだろう。巴、お前が教えてくれたんだぞ」


 その言葉に、私たちは固まってしまいました。 


 どうして忘れていたのでしょうか。


 八月三日のラジオ体操の時、さっちゃんが「明日から海外旅行なの! ベルギーっていう国に行くんだよ!」と話していたのを。


「りょ、両どなりのおうちはどうでしたの?」 


 絵理ちゃんが聞くと、巴ちゃんのお父さんは「在宅中だったけど変わった様子はなかったようだよ」とあきれたような顔で言いました。


 巴ちゃんは「信じられない!」とさけんで立ち上がると、「おとう、私たちをさっちゃんちの前まで連れてって!」とお父さんに抱き着きました。


 お父さんは困ったような顔で私たちを見ました。


 私たちが「お願いします!」と頭を下げると、「仕方ないなぁ……」と車を出してくれることになりました。


 大きな道路を曲がって四件目、さっちゃんのおうちは夏休み前に遊びに来た時と同じく白くて明るいステキなおうちでした。


 車から降りて両どなりの家も見て回りますが、どこにもおかしなところはありませんでした。


 その後、それぞれのおうちまで車で送ってもらい、巴ちゃんにお洋服を返しました。


 お母さんが帰っていたので、そのまま夕ご飯を作るお手伝いをしました。


 心配させたくなかったので、今日のことはみんな親には話さないことにしました。


 さっちゃんのお母さんはだれだったのでしょうか。


 私たちが訪ねた四件目のおうちはどこだったのでしょうか。


 大きなヘビは本当にいたのでしょうか。


 考えても分からないことばっかりだけど、全員無事だったからよかったです。


 もしかしたら、みんなで同じ夢を見ていたのかもしれません。


 それか、たくさん汗もかいていたから、熱中症でまぼろしを見たのかも。


 夏ってこわい季節だと思います。


 でも、思い出せば出すほど、浩平くんが言ったような「ワクワクする冒険」だったかもしれません。


 絵理ちゃんと巴ちゃんはどう思っているのか、朝のラジオ体操で聞いてみたいと思います。


 明日はその後、家族で海に行きます。


 楽しみだなあ。


 おやすみなさい。

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