第5話:7月31日(金)蛇山で神隠しがありました

 朝ご飯を食べて、お勉強を始めました。


 計算ドリルと漢字ドリルをやって、英語ドリルのと中で冬子お姉ちゃんがおやつを作ってくれました。


 愛花ちゃんのうちで買ったエクレアと、お姉ちゃんがいれたお紅茶です。


 お姉ちゃんは去年、イギリスへ留学していて、お紅茶はそこで買ったお土産です。


 お姉ちゃんのお紅茶はとってもいい香りがするので好きです。


 おやつを食べたら、理科と社会のドリルをやりました。


 少しずつだけどページが進んでいるのが分かるとやる気が出ます。


 お昼にお母さんがお仕事から帰って来て、冷やし中かを作ってくれました。


 からしのかたまりを食べちゃって、鼻のおくがツーンってしてなみだが出ました。


 お姉ちゃんは午後から英会話部の合宿に行ってしまいました。


 お母さんに宿題を見せたら、カブトムシをつかまえに行っていいと言われました。


 スイッチのフレンドチャットでお友達をさそったら、ひまりちゃんが来てくれることになりました。


 カブトムシを取ってきてから、続きの日記を書きます。


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 大変なことが起きて、ねむれなくなりました。


 今お母さんはお父さんに電話して「早く帰って来て」と言っています。


 何があったのか警察の人に話さなくちゃいけないみたいです。


 なので、覚えていることを書きます。


 午後、私はお母さんがくれた麦わらぼうしをかぶって、お仕事に行くお母さんといっしょにおうちを出ました。


 かわずちゃんにもらった鈴にお母さんがヒモを通してくれたので、首からかけました。


 うちから水上神社までは歩いて五分くらいです。そこからもう十分くらい歩くと、ポッコリと丸い「蛇山」があります。


 ひまりちゃんとは水上神社の前で待ち合わせました。


 ひまりちゃんはゲームが得意な子で、クラスの班もいっしょです。


 蛇山につくと、古くて大きな家の前でおばあさんに声をかけられました。


「蛇山で遊ぶなら暗くなる前に帰りなさいね」


 お母さんにも同じことを言われていたので「分かってます」と答えました。


 するとおばあさんは「何かが追ってくる気配がしたら、決して振り返ってはいけないよ」とこわい顔で言いました。


 蛇山は住宅地の中にいきなりある林で、四つある入り口にはそれぞれ鳥居が立っています。


 鳥居をくぐるとうねうねと曲がりくねって先の見えない道が林の奥へ続いています。


 どの道も十分くらい歩くと、最後は蛇山の真ん中にある小さな社に通じています。


 なんでか分かんないけど、みんなこの社を「大蛇の家」と呼んでいます。


 私とひまりちゃんは特に大きな木がたくさんある「巨人の森」と呼んでいるところに行きました。


 そこは昼間でも涼しくて、木の間から太陽の光がキラキラ降ってくるステキなところです。


 でも、おばあさんが言っていた通り、夕方になると一気に暗くなってしまいます。


 カブトムシを取りに来たのは私たちだけじゃなくて、四年生の男の子が四人いました。


 私たちの方がお姉さんだったけど、いっしょにカブトムシを探しました。


 夢中になっていて、気が付いたら夕方になっていました。


 かごの中にはカブトムシがいっぱいいたけど、ひまりちゃんと相談してぜんぶ放してやりました。


 男の子たちはもう少し取っていくと言うので、私たちは先に帰ることにしました。


 ひまりちゃんが先頭で大蛇の家から帰りの小道に入りました。


 でも、おかしなことに何分歩いても鳥居がぜんぜん見えてきません。


 曲がりくねった小道は、鳥居側から歩くと一本道なのに、社側から歩くと枝分かれしているのです。


 夕方だからなのかカゲがこくなっていて、正しい道とそうでない道の区別がつきません。


「早くしないと暗くなっちゃう……」


 ひまりちゃんはすごく不安そうでした。


 そよそよと気持ちよかった風も、ねばねばした変な風になっています。


 暗くなってから木がゆれていると昼間とはちがってすごくこわいです。


 それに、小道に入ってからずっと背中に視線を感じます。


 ひまりちゃんは気づいていないようだけれど、べっとりとしたイヤな視線です。


「また大蛇の家……もうやだぁ……」


「私が先頭変わるよ、ひまりちゃん」


 帰ろうとして大蛇の家に出てしまうのが三回続いたので、私が先頭に変わりました。


「ねえ、だれかついてきてるよ」


 小道に入ってすぐ、ひまりちゃんが私の肩に手を置いて不安そうに言いました。


「男の子たちがいたずらしてるのかな? そうだよね?」


「分かんない。でも、振り返っちゃダメだよ」


 ひまりちゃんがぶるぶるふるえているのが分かりました。 


 後ろの気配はどんどんこくなっていて、先頭を歩く私にもはっきりと分かりました。


 こっちが早足になると向こうも早足になって、ゆっくりになるとゆっくりになります。


 だけど、歩幅の差なのか、じわじわと近づいてきているのです。


 止まったらどうなるかはこわくて確かめられませんでした。


「次に大蛇の家に出ちゃったら、まっすぐ走ろう」


 肩に置かれたひまりちゃんの手に、私は手を重ねました。


「うん……分かった……」


 ひまりちゃんは今にも泣き出しそうだったので、私はしっかりしなくちゃと思いました。


「行くよ!」


 大蛇の家に返ってきた私たちは、まだ通っていない小道に走り出しました。


 すると、後ろの気配がこれまでにない速さで近づいて来るのが分かりました。


「やだぁ!」


 ひまりちゃんは泣きながら走っていました。


 やがて、道が左右に枝分かれしているのが目に入りました。


 どっちに行こうか迷っていたら追いつかれます。


(どっちに行けばいいの!)


 私は心の中で大きな声でさけびました。


 すると、服の中にかくれていたかわずちゃんの鈴がするりと出てきて、右側にチリンとはねました。


 私はそれを信じて右に曲がりました。


 また先に三本の道がありました。


(どっちか教えて!)


 もう一回心の中でさけぶと、鈴が真ん中に向かってはねました。


 ぐねぐねと二回曲がった先に鳥居が見えました。


 そこでひまりちゃんが「あっ」と言って、木の根につまずいて転んでしまいました。


 私はとっさに振り返ってひまりちゃんを起こしました。


 できるだけひまりちゃん以外は見ないようにしましたが、視界のはしっこにチラリと黒いカゲが映りました。


 それは人カゲのようでしたが、ぐにゃぐにゃしていてどこか変でした。


 まるでうでが八本ある観音様みたいな形だったのです。


 私は『もののけ姫』のタタリガミを思い出して、急いでひまりちゃんを立たせました。


 黒い影はうねうねと変な動きで私たちにせまって来ていました。


 私はひまりちゃんの手を引っ張って、鳥居の外まで必死に走りました。


 ひまりちゃんは鳥居から出ると大声で泣きました。


 ひざから血が出ていたので、ハンカチでふいてあげました。


 鳥居を出たら、イヤな気配はウソみたいになくなりました。


 鳥居の向こうにはうす暗い道があるだけで、変なカゲは見つけられませんでした。


 おうちに帰るとすっかり夜になっていて、お母さんがあわてて出てきました。


 おこられると思って目をつぶると、ぎゅって抱きしめられました。


「心配したんだから」と言われて、私は「ごめんなさい」って泣きました。


 その夜はこわくて、お母さんにいっしょに寝てもらいました。


 もうちょっとでねむれそうなところで電話がかかってきました。


 お母さんは私に「蛇山で四年生の男の子たちに会った?」と聞きました。


 私はねむかったけど、一生けん命思い出して「私たちより後で帰るって言ってたよ」と話しました。


 電話が終わってお母さんが戻って来たので、私は「どうしたの?」と聞きました。


 お母さんは少し言葉につまってから「男の子たち、まだおうちに帰ってないの」と言いました。


「……あの時ついてきたやつだ」


 私はつい、そう言ってしまいました。


 そして、お母さんにひまりちゃんと二人でだれかに追いかけられたことを話しました。


 お母さんは「無事でよかった」と私を抱きしめてから、警察に電話をかけに行きました。


 私は今、鈴をにぎりながら日記を書いています。


 明日はプールだけど、行けなかったら明後日に行きます。


 今夜はお父さんとお母さんといっしょに寝ます。


 おやすみなさい。

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