第25話 母との修行 5/5
「《
「《鐵の装 壱式》!!」
「《呪闘拳》!!」
「《忌避盾》!!」
「《呪刃脚》!!」
「《躱紙避》!!」
5月22日、決戦前日。
その日、俺と紬麦は手合わせをしていた。
最後の特訓故に、互いの力を試していたのだ。
静かな山に、ガギンガギンと火花が散る。
紬麦は、やはり天才だ。
かつては俺よりも劣っていた身体能力が、いまや俺に匹敵するほど向上している。呪力の扱いは俺よりも数段上だったが、今となってはさらに向上している。俺の刻印術が《闇蝕》でなければ、きっとあっという間に敗北していたことだろう。
「強いね!! 朝日くん!!」
「紬麦こそ、強くなったな」
「だてにクマやイノシシを狩っていないよ!!」
「それ……武器も使わずだろ?」
「もちろん!! 最近は術も使ってないよ!!」
「……トンデモないな」
確かにこの修行期間に、彼女の身体は変貌した。
かつてもムチムチの身体だったというのに、今はさらにムチムチ度が増している。純粋に筋肉が付いたことに加え、高たんぱくな食事をメインとしていたから脂肪も付いたのだろう。脂肪と筋肉が合わさり、圧迫感が増している。
そんなムチムチの紬麦は見た目に違わずパワーも凄まじく、一発一発が重厚で破壊力がある。相当鍛えたハズの俺でも、軽いパンチだけで巨岩を砕くことはできないんだけどな。もしかするとパワーだけなら、俺を凌駕しているかもしれない。……悔しいな。
「《呪闘拳》!!」
「《忌避盾》ッ!!」
オマケに、この技だ。
通常の汎用型戦闘式とは異なり、おそらく江崎家流にアレンジが加えられた技の数々は……正直かなり強い。動きの無駄を省いて放たれた拳は、通常のソレよりも遥かに威力を増している。防御系の技に関しても、通常よりも遥かに防御性が向上している。
俺も彼女の攻撃をガードするも、まるでハンマーで殴られたかのようにガードした腕に衝撃がビリビリと伝わってくる。折れてはいない様子だが、骨までズッシリと響くようなパンチだ。こんなのを何発も喰らってしまえば、いつかは腕がポッキリと折れてしまうだろう。
「よし!! やめ!!」
母さんの掛け声で、戦いは終わった。
ふぅ……疲れた。
あのまま続けていれば、負けていたかもな。
「ふぅ……本当に強くなったな」
「えへへ、朝日くんだって!!」
「これだったら、レイラク様にも勝てるな」
「うん!!」
明日、ついにレイラク様に挑む。
満月の影響で挑めるのはありがたいが、残念なことにその影響は俺たちにまで降りかかってしまう。特に不浄性が多めな《闇蝕》は影響が出やすいらしく、満月の日が本領の半分程度の実力しか発揮できないと母さんは言う。割と厳しめだな。
だからといって、負ける気はしないが。
この1週間で微量ではあるが、俺もさらに強くなることができた。新たに習得した術はないが、これまでに会得した術をさらに極めることに尽力を尽くした。故に紬麦ほどではないが、俺だってこの1週間でさらに強くなったのだ。
「何度も言っておくけれど、レイラク様は通常の魔物とは異なる魔物だよ。一般的な術は一切通じなくて、ダメージソースになり得るのは朝日の《闇蝕》だけよ」
「あぁ、承知しているよ」
「つまり私はレイラク様の周りを旋回して、惑わせればいいんだよね」
「そうだけど……紬麦ちゃん、大丈夫?」
紬麦はレイラク様をマトモに目にしており、その心に抱いた恐怖心は俺のソレよりも強烈だろう。故に俺がオマキ様に対してそうだったように、恐怖心のあまり身動きが取れなくなってしまう……という可能性だってゼロではない。恐怖という感情は、他の何よりも凶悪なのだから。
母さんの質問に対して、紬麦は俯いた。
……こればかりは仕方がない。
この反応を見る限り、今回は俺だけ──
「──大丈夫です。私が……やらないといけないんです」
……どうやら杞憂だったみたいだ。
紬麦の瞳に宿るのは、覚悟の炎だ。
たとえ刺し違えても、倒すという覚悟。
狂気にも似た覚悟が、灯っていた。
……そうだな、勝たないとな。
紬麦の反応を見て、再度決意する。
俺はこの戦いにおいて、勝たないといけない。
紬麦のためにも、俺のためにも。
「……わかったわ。それで、当日の作戦は覚えてる?」
「母さんがアパートの周りにいる警備の人を誘導して、その間に俺と紬麦が挑むって感じだろ?」
「そうよ。あまり得意じゃない式神術を使うんだから、感謝しなさいよね」
「ありがとうございます、おば様」
「ふふ、紬麦ちゃんは素直ね。いいお嫁さんになれるわ」
「えへへ……」
頬を染めて、照れる紬麦。
うん、尊いな。
「紬麦、勝とうな」
「うん、絶対にね!!」
そして俺たちは、拳を合わせた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
修行中、俺たちは山小屋で寝泊まりしていた。
その日も明日に向けて寝泊まりをしていたのだが、ふいに尿意を抱いてしまい夜中の2時に目が覚めてしまった。このまま我慢をしようかとも考えたが、やはりどうしても尿意が限界だ。うぅ……トイレ……。
扉を開き、山小屋の脇にあるトイレに向かう。
5月も終盤だというのに、まだ夜は肌寒い。
うぅ……漏れちゃうぞ。
そんなことを考えながら、俺はトイレに着き──
「ふぅ……」
2分後。全てを出し切った。
大きく息を吐き、トイレを後にする。
と、その時だった──
トイレから出ると、1人の女性がいた。
ザトウムシのように、細長い手足。
排水溝に溜まっているかのように、乱れた髪。
罪を受け入れた死刑囚のように、項垂れながら。
その女性は真っ赤な瞳で、こちらを睨んでいた。
「え……」
覚えている。忘れるハズがない。
恐怖が身体を支配する。動けない。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
オマキ様が、とてつもなく怖い。
オマキ様はゆっくりと、コチラに近づいてくる。
ひたひたと、ぺちゃぺちゃと、床を濡らしながら。
それに対して、俺は何もできなかった。
恐怖に震えるのみで、何も──
「……がんばって」
その言葉が耳に届いた瞬間、身体を覆っていた鎖が消えるイメージが脳内によぎった。未だに恐怖心は残っていたが、それでも身体の自由が戻ってきた。金縛りが解け、俺の身体が俺のものになった。そして──
「やぁッ!!」
拳を振るう。
だが、その時には誰もそこにいなかった。
オマキ様の姿は、そこになかった。
「……何だったんだ?」
あれが何だったのか、まるでわからない。
どうして、病院外のここに現れたのか。
どうして、俺を応援したのか。
考えども、考えども、答えはまるで出ない。
だが──心に去来するのは、達成感だった。
恐怖に打ち勝ち、拳を振るえた。
ただ怯えるだけじゃなく、反撃できた。
動けなかったのは、金縛りのせいだった。
己の中の、恐怖心によるモノじゃなかった。
それらのことが、ただただ嬉しかった。
「……俺、勝てるかもな」
完全に克服したワケじゃない。
だが、少しだけ自信が付いた。
今日は、よく眠れそうだ。
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