第24話 母との修行 4/5

「オガァアアアアアアアアアアア!!!!」

「《闇槍クララク》!!」


 紅鎧大鬼の振り回してくる棍棒に対して、俺は《闇槍クララク》を握りそれをいなす。漆黒の槍はドリルのように常に回転しており、掴み続けるのに少しコツがいる。だがその回転のおかげで、紅鎧大鬼の攻撃をいなしやすくなっていることも事実だ。


 ガギンガギンと棍棒と黒槍がぶつかるも、俺の腕に伝わる衝撃は存外少ない。紅鎧大鬼が満身創痍だからということも理由の1つだろうが、やはり一番大きな理由は……俺が強くなったからだろう。先ほども驚いたが、やはり……今でも驚きは隠せないな。まさかS級の魔物を圧倒できる程、自分が強くなれただなんて。


「《闇刃クラムバリ》!!」

「オガァッ!?」


 手の平から放った半月状の刃が、紅鎧大鬼の手に持つ棍棒をズパッと両断する。真っ二つになった棍棒は、ボトッと地面に落ちた。その様子を目にし、紅鎧大鬼は動揺を隠せていない。相当自慢の棍棒だったのか何なのかは知らないが、見た目よりも意外と柔い棍棒だなという感想を抱いてしまう。


 《闇刃クラムバリ》であれば、紅鎧大鬼の肉体を両断することも十分可能だろう。だが……これは俺の実戦経験を増やすための訓練だ。そんなあっという間に狩ってしまっては、経験値を稼ぐことが出来ない。必要以上に痛ぶるような、そんな趣味は決してないが……とにかく、今は俺の特訓に付き合ってもらおう。


「《闇鎧クラディリム》!!」


 刹那、俺の身体が漆黒に染まった。

 いや、正確には漆黒のオーラを纏った。

 まるで黒外套を纏ったかのように、黒く染まった。禍々しく、恐ろしい、そんなオーラを纏った。


 その瞬間、紅鎧大鬼の目が変わった。

 先ほどまでも殺気に溢れていたが、今ではソレまで以上の……突き刺さるほどの殺意を感じる。なるほど、これがヘイトを集める、ということなんだな。ただ……今回はソロ討伐なので、あまりヘイトを稼いでも意味はないが。


「オガァアアアアアアアアアアア!!!!」

「《躱紙避》!!」


 半分の長さになった棍棒でブン殴ってくる紅鎧大鬼だが、そんな乱暴な攻撃は俺には一切当たらない。《闇鎧クラディリム》と《闘気》の重ね掛けによる身体能力の向上、それに加えて身体を紙に見立てて行う回避技の《躱紙避》。如何に木々をなぎ倒すような攻撃であろうとも、当たらなければどうということはないのだ。


 何度も何度も、拳を振るってくる紅鎧大鬼。

 拳と折れた棍棒が地面にぶつかるたび、ズガァンッとトンデモない爆発音とともに地面が大きく抉れる。環境活動が活発な現代において、これほどまでに冒涜的なことはないだろう。地面は大きなクレーターを生じさせ、木々はバキバキと折れていく。山がボコボコになり、どんどんハゲ山になっていく。この調子だとものの数分で……この山がメチャクチャになってしまうだろう。


 経験値を得るために練習台にしようと思っていたが、そんなことを言っている場合ではないかもしれない。とにもかくにも、さっさと討伐しないといけない状況なのかもしれないな。


「《魔弾》!!」


 紅鎧大鬼に命中後、遅れて音がやってきた。

 パァンッと、気持ちいい音が森にこだまする。刹那、紅鎧大鬼の下半身は爆散した。上半身だけが、地面に転がった。


 紅鎧大鬼は声を上げない。

 痛みがひどすぎて、絶叫も上げられない様子だ。声にならない悲鳴を上げ、泣き顔を晒している。だが、そこに涙は浮かばない。


「……やっぱり、他の人の《魔弾》と違うな」


 紅鎧大鬼の傷口は、徐々に炭化している。

 黒ずみ、灰と化しつつあるのだ。

 徐々に徐々に、塵のように消えつつあるのだ。こんな現象、他の人の魔弾では見受けられない。


 それもそのはずで、母さん曰く俺の《闇蝕》の影響がこの《魔弾》にも表れているのだという。基礎術というものは若干ながら刻印術の影響を受けるらしく、例えば炎系統の刻印術を持つ退魔師が《闘気》を発動した場合、その《闘気》は少し暖かいという。それと同じように、俺の《魔弾》は瘴気を含んでいるのだ。


「オ、オガァアアアアアアアアアアア!!」


 紅鎧大鬼は轟くような咆哮を上げるも、その下半身が復活することはない。瘴気は傷の回復を阻害する効果があり、如何に再生能力に秀でた紅鎧大鬼といえども、瘴気の前ではまるで無力だった。


「紅鎧大鬼、お前に対して恨みはない」

「オ、オガァ……!!」

「だが、お前の存在は悪なんだ」

「オ、オガァ……!!」

 

 ゆっくりと、紅鎧大鬼に歩み寄る。

 紅鎧大鬼は、明らかに怯えている。

 そして──


「《呪闘連撃》!!」


 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。

 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。

 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。

 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。

 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。


 俺は紅鎧大鬼を、何度も殴った。

 殴るたびに、肉が破裂する。

 殴るたびに、骨が|拉(ひしゃ)げる。

 殴るたびに……申し訳なくなる。

 そして──


「オ、オガァ……」


 紅鎧大鬼の身体は、完全に塵と化した。

 あとに残ったものは、真っ赤な地面だけ。


「ふふ、朝日やったわね」


 母さんは、小さくピースをしてくれた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「そういえば、母さん」

「ん、どうしたの?」


 紅鎧大鬼を討伐してから数分、俺はふと思った疑問を母さんにぶつけた。


「あの紅鎧大鬼は、どうやって召喚したの?」


 魔物と契約を結び、その魔物を召喚する。

 という技術のことを、一般的に式神術という。だが、母さんが召喚した紅鎧大鬼は明らかに母さんと契約している様子はなく、そもそも母さんが式神を使役しているという話は聞いたことがない。故にあの紅鎧大鬼の正体が何なのか、今ふと疑問に思ったのだ。


「強制召喚の術式を使ったのよ」

「え、何それ?」

「自分よりも格段に劣る魔物を、強制的に召喚する術式よ。もちろん契約していないから、使役はできないけれどね」

「つまり普段はただ召喚するだけの術式だから、あまり役には立たないってこと?」

「朝日は頭が良いわね」


 母さんにそう言われて素直に嬉しいが、同時に少し……気になることがあった。自分よりも格段に劣る魔物を召喚可能な術だと母さんは言ったので、つまり母さんはS級の魔物よりも遥かに強いということなのだろう。確かに紅鎧大鬼は結構弱いと感じたが、それでも俺からすれば……格段に弱いとは思わなかった。


 母さんの未知数の実力が、少し恐ろしく感じた。……あまり反抗しないようにしよう。

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