第22話 母との修行 2/5

 あれから10日が過ぎ、俺たちは変わらず修行していた。その日、俺は母さんと組み手をしていた。


「《呪闘拳》!!」

「えぇ、その調子よ!!」

「《呪刃脚》!!」

「キレてるわ!!」


 母さん曰く、「どれだけ強力な術を持っていようとも、それを使いこなすフィジカルや技が無かったら宝の持ち腐れよ」とのことだ。その言葉は色々なゲームをプレイしてきた俺にとって、とても深く突き刺さる言葉だった。最強の武器を持っていても、レベルやスキルがカスだったら宝の持ち腐れだからな。ゲーム中盤でカジノで最強の武器を手に入れて、中ボスに挑んで敗北したことが何度もある俺を……その言葉は心を深く抉った。……いや、悲しくなっている場合じゃないだろ。


 というわけで、俺は母さんの指導の下、授業で習った汎用格闘術の特訓を行っていた。どうやら汎用格闘術は元々武具を扱えない《闇蝕》の人のために作られた格闘術らしく、故に俺の扱う術との相性はピッタリだった。覚えたばかりで拙い中級術でも、汎用格闘術と組み合わせることで、自分の思っている以上にうまく戦えることができた。


「《闇槍クララク》!!」

「もっと殺意を込めて!! 悪意を増して!!」

「《闇球クラムトプ》!!」

「そう!! その調子よ!!」

「《闇刃クラムバリ》!!」

「いいわね!! 素晴らしいわ!!」


 この10日で、3つの術を習得した。

 1つ目は、回転する漆黒の槍を顕現する《闇槍クララク》。

 2つ目は、暗黒の球を顕現する《闇球クラムトプ》。

 3つ目は、闇夜の刃を顕現する《闇刃クラムバリ》。

 

 最初に中級術を発動できた時、激しい痛みを感じた。

 まるで皮膚の下をナイフでズタズタに裂かれるような、あるいは硫酸で神経を溶かされているような、耐えがたい激痛に苛まれた。母さん曰く、それは中級の強力な瘴気に、肉体が拒絶反応を示しているかららしい。ただ何度も中級術を発動すれば、その痛みは直に慣れるとも語っていた。実際に、5回目の発動時には、痛みはほとんど消えていたが。

 

 中級術は苦しんで習得しただけあって、どの術もかなり強力だった。汎用格闘術と組み合わせることで、その真価をさらに発揮することが出来た。それに母さんの教えが上手だからか、10日で4つもの術を習得することが出来た。きっと今のままでもレイラク様に勝てるかもしれないが、やはり中級の術だけでは不安は拭えない。


「母さん、上級を教えてくれよ」

「ううん、まだダメよ。まだ早いわ」


 母さんに何度か上級術の習得を志願したが、毎回母さんは丁重に断ってくる。上級の術は俺にはまだ早いとのことだが、俺たちに残された時間は僅かなのだから……多少無理してでも習得すべきだと思うのだがな。まぁ……とりあえず、母さんの指示に従うが。


 今はただ、母さんが納得するまで強くなることに専念しよう。母さん曰く退魔師たちは既に行動を開始しており、再来週の頭にはレイラク様の元へ突入するらしい。故になんとしてでも、そこまでには強くならねばならない。上級術を習得しなければならない。


「足もとがお留守よ!!」


 そう言って、母さんは俺の脚を払った。

 そのまま、地面に倒れ込んでしまう。

 そして、母さんは俺の首筋に手刀を当て──


「ふふ、また私の勝ちね」


 ……うーん、確かに上級術はまだ早いかもな。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「オスッ!! オスッ!!」


 その日、俺は素振りをしていた。

 手に持つのは、鉄丸棒。重さ20kg。

 ホームセンターで購入した、普通の棒だ。

 そんな棒を、俺はブンブンと振っていた。

 掛け声を上げ、気合を入れるようにして。


 技や術だけを磨いても、レイラク様には勝てない。

 それに母さんから課せられたトレーニングだけでは、決してレイラク様に勝てないと自負している。だからこそ、俺は母さんが寝た後、毎日自主的に追加でトレーニングを増やしていた。


 腕立て・腹筋・スクワット・懸垂×100回。

 ランニング×10km。素振り×1000回。

 そんなメニューを、修業とは別に毎日行っている。


「オスッ!! オスッ!!」


 怪人をワンパンで倒すヒーローと、同じメニュー。

 そこにアレンジを足し、懸垂と素振りも加えた。

 ヒーローの筋トレだけでは、鍛えられない筋肉がある。この2つを加えれば、全身を鍛えることができるから。


 ただ、素振りを加えたのは、その理由だけではない。かつて蒙古を撃退した、日本最強の集団、鎌倉武士。30kgもの大鎧を纏い、弓力40kg超の大弓を軽々引く。そんな鎌倉武士のように、俺はなりたいからだ。


「オスッ!! オスッ!!」


 退魔師の文献にも、鎌倉武士は出てくる。

 当時の退魔師たちは、鎌倉武士を恐れていたようだ。呪力も無いのに、魔物を討つその姿に畏敬を抱いた。退魔師よりも迅速に、魔物を倒す姿が恐ろしかった。と、いう内容の記載が書かれている。


 魔物は呪力が無ければ、可視も倒すこともできない。そんな常識を、鎌倉武士は膂力で覆した。つまりパワーは万事を解決する、というワケだ。その意味のわからなさ故に、俺は鎌倉武士に憧れた。不可能を可能にする、そのパワーに惹かれたのだ。


「オスッ!! オスッ!!」


 鎌倉時代に、筋トレという概念はない。

 故に鎌倉武士たちは、反復練習を行っていた。

 射的に素振り、それを何百回何千回と。何度も。

 気が遠くなる反復練習の末、究極の肉体を得たのだ。その結果、蒙古の襲撃を2度も追い返したのだ。


 弓はないので、代わりに俺は素振りをしている。

 火水土の筋トレ後に、必ず1000回振っている。

 適当に振るのではなく、1回1回気合を込めて。

 振り下ろす度に菊門にギュッ、と力を込めて。

 括約を引き締め、万力のように力を加えながら。


「オスッ!! オスッ!! ……オスッ!!」


 1000回の素振りを終え、手の力が抜ける。

 ガランガランッと、地面に落ちる鉄丸棒。

 膝の力が抜け、俺も地面に転がる。

 あぁ……疲れた。しんどかった。


 ただの素振りなら、ここまでツラくない。

 ずっと力を加え続けるのが、しんどいのだ。

 尻に力を加え、フォームを崩さないようにする。

 それがあるからこそ、とてもしんどいのだ。


「でも……そのおかげで、強くなれているな」


 かつての鎌倉武士たちは、大変だったんだな。

 こんなトレーニングを積んだから、最強だったのか。

 毎日毎日、この素振り。……素直に尊敬できるな。

 俺も鎌倉武士のような、最強を目指そう。

 誰にも負けない、最強の肉体を手に入れよう。


 ニカッと笑う俺を、月の光は照らしていた。

 その光は、何千年と変わらない。

 鎌倉武士たちも、きっとこの光を見ていただろう。

 そう思うと……元気が出てきた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「朝日……よく食べるわね」

「成長期だからね」


 玄米5合、鶏むね肉5枚、ブロッコリー3本。

 焼き魚2匹、牛乳2パック、山盛りのキャベツ。

 それらを、俺は毎晩食べている。

 成長期だから、腹が減って仕方ないのだ。


 ブロッコリーとキャベツは、家庭菜園で入手。

 魚に関しては、ランニングついでに釣っている。

 そのため、食費に負担はあまり掛かっていない。

 母さんの薄給を、無駄にするわけにはいかない。

 

 修行が終わると、母さんは山を下りて食材を調達してくれる。鉄丸棒も母さんが買ってくれたものだ。なんというか……至れり尽くせりで、申し訳なさが溢れてくるな。イノシシやクマなどを狩って、自給自足の生活を送っている紬麦にも……申し訳ないと感じる。


「……男の子って、みんなそうなの?」

「多分、全員こんなんだよ」


 前世の俺だって、よく食べたものだ。

 帰宅部なのに、毎秒冷蔵庫を開けていた。

 食い物はどこかと、グールのように漁った。

 餓鬼がかわいく見えるほど、常に飢えていた。


 今世の俺は、運動をしている。

 つまり前世以上に、空腹に飢えているのだ。

 これだけの料理を食べても、まだ腹八分だ。

 数時間もすれば、また飢えてしまう。

 その時は、また釣りに出かけるだけだが。


「でも、毎日同じメニューで……よく飽きないわね」

「強くなるためだからね。仕方ないよ」


 この1食で、1日に必要な栄養素は全て摂れる。

 特にタンパク質に関しては、過剰なほど摂取できる。

 俺の筋肉を、より強靭に成長することができる。

 この食事のおかげで、俺はより強くなれる。


 “強くなりたくば喰らえ”と、地上最強の生物は言った。

 その言葉を信じて、大事にして、俺は飯を食う。

 今よりも強くなり、立派な退魔師になるために。

 レイラク様を倒し、紬麦と母さんを安心させられるように。


「……鎌倉武士みたいなストイックさね」

「え、鎌倉武士?」

「かつての鎌倉武士たちも、今の朝日と同じような食事をしていたらしいわよ」

「そうなんだ……」


 意識していなかったが、嬉しいな。

 憧れの存在と、似た食事か。

 俺も……鎌倉武士のようにならないとな。


「でも、母さんはそれだけでいいの?」

「さすがに朝日くらいは食べられないわよ」

「そっか。母さんは少食だね」

「朝日が食べ過ぎなのよ」


 母さんは、俺の半分以下の食事だ。

 玄米は茶碗1杯、他はすべてほんの少し。

 とてもじゃないが、腹が減るだろう。


 だが、無理をしているワケではなさそうだ。

 本当に、その量で充分なのだろう。

 ……少食だな。


「そういえば、朝日は高校生活どう?」

「まぁ……変わりなく、だね」

「お友達の紬麦ちゃんとは、仲いいの?」

「あぁ、すごく」


 今は別行動をしているが、彼女と俺は縁と言う名の糸で結ばれていると自負している。彼女は俺にとって、唯一の友人だからな。


「朝日は紬麦ちゃんのこと、好きなの?」

「性欲は抱いているけど、恋慕はないかな」

「……息子のそんな話、聞くとは思わなかったわ」

「あ、ごめん」


 そうだよな。こんな話聞きたくないよな。

 これは俺が悪い。猛省だ。


「でも、朝日が楽しそうで、母さんも嬉しいわ」

「はは、それはよかった。親孝行できて」

「……朝日は変わっているわね」

「え、どうして?」

「だって、全然反抗してこないもの」

「母さんを邪険に扱う理由がないからね」


 前世でも、俺に反抗期はなかった。

 社会に対しても、親に対しても、不満がなかった。

 それに、俺は空白だった。何もなかったのだ。

 反抗する意欲さえも、俺にはなかったのだ。

 

 今世の俺は、中身37歳のおっさんだ。

 そんなおっさんの反抗期は……さすがに痛い。

 それに前世と同じく、反抗することがない。

 母さんに愛されている現状に、満足している。


「朝日は優しいわね」

「普通だよ。親孝行くらい」

「ううん、とても優しい子よ。自慢の息子だわ」

「……ありがとう、母さん」


 この暖かな時間が、今はとても心地よかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る