第13話 入学式

 4月1日、月曜日。

 俺と母さんは体育館にいた。

 そう、俺は復学試験に合格したのだ。

 晴れて今日から、高等部に進学したのだ。

 そして本日は、入学式だ。


 退魔学院は制服制の学院だ。

 青を基調としたブレザーとズボンに、白いシャツ。……ラノベの制服みたいで、少し恥ずかしい。


「ふふ、朝日。緊張しているの?」

「いや、それほど」

「……大人びているわね」

「まぁ、たはは……」

 

 大人びているも何も、中身はおっさんだからな。入学式も3度経験しているので、緊張は皆無だ。


 退魔学院は、小中高一貫の国立の学院だ。

 全国に複数の学舎があり、俺が通うのは神奈川校だ。一般人の目に入らないように、山の山頂に校舎がある。山の麓に瞬間移動呪陣があり、通うのは意外と便利だ。


「ほら朝日、席に向かいなさい」

「あ、うん」


 体育館には、ビッシリとパイプ椅子が並べられている。中央付近は空いており、前方と後方に分けられている。前方側が入学生の椅子だ。ちょうど椅子も50脚ある。椅子の背面に名前が書かれており、自分の名前を探す。


 寺野朝日、寺野朝日……。あった。

 A4の紙に『寺野朝日 10番 A組』と書かれている。出席番号は10番で、どうやらA組のようだな。とりあえず椅子に座り、式が始まるのを静かに待つ。


「おい、あれ見ろよ……忌み児じゃねぇか」

「うわ、マジで!?  あんな奴が受かるとかありえねぇ……」

「インチキで虎松さんを倒して合格とか、どんだけクズなんだよ……」

「クソみたいに危険で忌まわしい刻印術なんか使いやがって、さっさと家に引き籠って、出てくんなって感じだよな……」

「ほんとそれだわ。俺たちまで危険に巻き込みやがって、いい迷惑だっつーの……」「虎松さん……もう一回あのクソ野郎をイジメてくれたらいいのにな……」


「……本当に顔は良いわね」

「まぁ、確かに。忌み児だって知らなかったら、真っ先に告っちゃうわね」

「見た目だけだったら、虎松様もその兄上様も……アイツにはずっと劣るわよね」

「この学院でトップクラス、いえ……国宝級のイケメンよ」

「でも、絶対にダメよ。アイツを好きになることだけは」

「わかっているわよ。……でも、つまみ食いくらいなら罰は当たらないわよね?」

「はぁ……厄災が降り注いでも、私知らないわよ?」


「……本当に虎松さんをインチキで倒したのかな?」

「あまり大きな声じゃ言えないけど……俺も同意見だ。案山子を両断したり、規格外の《魔弾》を撃ったのも、インチキじゃなくて本当の実力だと思うんだよな」

「そうそう、あれ全部実力だよね……。むしろ、虎松さんが弱いんじゃない?」

「いやいや、それはさすがにないだろ?」

「だって、忌み児相手に苦戦してたんだよ?」

「つまり、実は虎松さんの実力って見せかけで、本当は大したことないってこと?」

「俺は虎松さんと同じクラスになったことがないから直接見たことはないけど、あの戦いを見た限りではそう思っちゃうな」

「まぁ、確かに一理あるね。昔は基礎術さえまともに使えなかった相手に、何もできなかったってことは、実力を誇張してたんじゃないかと思うよな」


 ……待っている間、周りの生徒たちの侮辱の声がやまない。試験の結果に不満を抱く者、俺の死を願う者など。わかっていたことではあるが、忌み児である俺は……相当嫌われているみたいだな。これでは……友達を作ることは難しいだろうな。


 彼らから嘲笑や侮蔑を受けていると、不思議と……活力が湧いてくる。早く周りを見返してやりたいと、ウズウズしてしまう。侮蔑をぶつける彼らが手のひらを返し、太鼓持ちとして賞賛をあげる未来の姿を見たくて仕方がない。

 

 きっと、その願いが叶う日が来るまで、俺の学院生活は暗澹としたものになるだろう。だが現時点で既に、数人の生徒は俺の強さに気付いている。つまり生徒を含めた退魔師業界を見返すという未来は、荒唐無稽ではないということだ。俺の願いが叶う未来は、そう遠くないということだ。


 と、そんなことを考えていると──


「うむ、待たせたな」


 突如として壇上に現れたのは、白い髪の女性だ。腰まで伸びた白い髪は、艶やかで美しい。180cmほどの身長に、優れたプロポーション。特に胸部が秀でており、ロケットのようにたわわ。

 

 端正な顔立ちは、まるでフランス人形のよう。雪のように白い肌に映える、深紅の唇。

 水色の瞳は、クリアな湖のように透き通っている。その目元はややアーモンド形で、長いまつげが上向きにカールしており、彼女の視線には誰もが引き込まれる魅力があった。


 何よりも特徴的なのは、その耳だ。

 彼女が髪をかき上げると、尖った耳があった。彼女の美貌と合わさり、まるでエルフのような。まるで彼女が、異世界や異種族の出身であることを示唆するような。そんな不思議な印象を、俺は抱いた。


「ワシはアザミ・ブロッサム。SSS級退魔師にして、我が校の理事長じゃ」

 

 凛と透き通るような声で、彼女はそう名乗った。SSS級退魔師……国内に3人しかいない逸材だ。国家転覆……いや、世界征服まで成し得る天才だ。つまり彼女は、世界最強クラスの退魔師だ。


 彼女の姿は、初めて見た。

 だが俺は、幾度となく彼女の名を目にしている。2年の間に読んできた本に、彼女は姿を現している。……どれも最低でも、数百年前の本なのに。


「最初に言っておくが、ワシは異世界人じゃ。幽檻世界グロリアからやってきた、7800歳のハイエルフの……ババアじゃの!!」


 ニッコリと快活な笑顔を、彼女は見せた。

 ……え。俺の第一印象、当たってたんだけど。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 2時間後。入学式は終わった。

 アザミさんの話は、自己紹介以降は普通だった。新入生の俺たちに期待しているという話や、少子高齢化が叫ばれる退魔師業界で頑張ってほしいなど、どの学校でも言うような内容の話をするだけだった。


 ハイエルフや異世界の話を詳しく聞きたかったので、心の中にモヤモヤが残る。そんなモヤモヤを抱きながら、俺は教室へと向かった。

 

「ここが俺の席だな」


 一番後ろの窓側。つまりラノベ席が俺の席だった。窓から見える光景は、緑の芝生の生えたグラウンド。燦然とした陽光が眩しく、清々しい気分になるな。


 一番後ろの席なので、教室の様子が一望できる。白いレンガ造りの美しい校舎に引けを取らず、教室は最先端で美しかった。電子黒板に、机の引き出しの中にはタブレット。天井に扇風機など吊り下がっておらず、エアコンが備えられている。


「おい……あれって……」

「うわ、マジかよ。忌み児と同じクラスかよ……」

「最悪なんですけど!! クラス変えてほしいわ!!」

「忌み児って確か、厄災を呼ぶんだろ?」

「なぁ、何とかして……アイツを退学に追い込もうぜ!!」

「でも……どうせインチキだろうけど、一応……虎松さんを倒すほどの実力はあるんだぞ?」

「だったら……徹底的に無視してやろうぜ!!」


 ……いい気分が台無しだ。

 まぁ、こうなることは予期していた。

 絶対にこうなると、事前に分かっていた。


 学生は無垢な妖精ではなく、狡猾なゴブリンだ。大人に引けを取らない残虐性を、秘めているのだ。異なる者に対しては、冷酷で残虐なのだ。


 ……最初からわかっていた。

 こうなることなど、最初から。

 だからこそ、ショックは少ない。

 ため息だけは、止まらないが。


「えへへ、また同じクラスになれたね!!」


 そんな中、隣の席の江崎さんだけは微笑んでくれた。寺野朝日が唯一友達だった彼女と、またしても同じクラスになれた。彼女だけが忌み児の俺に優しくしてくれるので、とてもありがたく嬉しいことだ。こうして味方で友達の彼女と同じクラスになれるなんて、天は俺を見捨てなかったみたいだ。


 俺は江崎さんから色々と話を伺い、この学院や生徒間同士の派閥などについての知見を深めていた。この学院の校舎内は特殊な術が施されているらしく、何も知らずに入れば迷路のように延々と迷うらしい。つまり彼女がいなければ、俺は教室に辿り着くこともできなかっただろう。……何から何まで彼女には感謝だな。


 彼女の話を聞く限りだと、退魔学院に通う生徒間には、色々と複雑な派閥争いが存在するという。生徒の中には退魔師業界における重鎮の子息子女も多くいるらしく、それが原因で色々と政治的な問題も多々起きているらしい。まるで異世界ファンタジー作品における、貴族みたいな感じだな。俺バカだったから、あまり内政モノとか得意じゃなかったんだけどな。


「……ちッ」


 そんな退魔師業界の中でも、いわゆる重鎮に位置する一族に虎松家が存在する。ただいま俺を一瞥し、舌打ちをした虎松白銀もその一族の一員らしい。彼は復学試験で俺に惨敗したことが相当効いたようで、かつてのようなイジメをしてくることはない。意外と実力がないことがバレてしまったことだし、教室でも静かにしている。


 ちなみに虎松のことを、誰も悪く言ったりはしていない。あれほどの惨敗を喫したのだから、学生にとっては話題になるだろうに……。つまり、それほど虎松家の権力が強いということなのだろう。まるで腫物に触れるかのように、誰も彼もが一向に虎松へと視線を向けようともしていない。


「江崎さんと忌み児、また仲良くしてるな」

「何を考えているんだろうね、江崎さん……」

「第5女とはいえ、あの江崎家の子女なんだから……もっと仲良くする相手選べばいいのにな。まったく、バカなのかな」

「忌み児と絡んだって、何もいいことないのにな。そんな事みんな知っているのに、マジで……バカなんじゃねェの?」

「クソッ……。忌み児さえいなければ、俺も江崎さんとお話するのになァ!! 忌み児と絡めば強烈な呪いが降りかかるっていうから、話しかけられねェよ!!」


「まさかとは思うけどよぉ、あの復学試験を見てないのか?」

「いやいや、まさか……俺動画でも見たけどよぉ、あれは……ヤバかったよな」

「あの虎松さんを一撃で倒したのはスゴいけれど、それ以上に……恐ろしかったわよね」

「あぁ。忌み児が厄災や不幸を運ぶって言われている理由が、とてもよくわかったぜ」

「マジで悍ましい術だよな……。マジで消えてくれないかな……」

「アイツがいるだけで……恐ろしくて夜も眠れねェよ……」


 江崎さんは自分からは話してくれないが、どうやら彼女も退魔師業界では中々に発言力の強い家系のようだ。周りの生徒たちは俺への怒りに加え、妬みまでぶつけてくるからな。具体的にどれくらいの発言力があるのか、また寺野朝日と江崎さんの出会いはどんな感じだったのか、その辺に関しては一切記憶が蘇ってこないが。


「ふふ。朝日くんが戻ってきてくれて、私嬉しいよ」

「それは何よりだけど……。その……ごめん、俺江崎さんのこと何も思い出せないけれど……」

「ううん、いいんだよ。それと私のことは江崎さんなんて他人行儀な呼び方じゃなくて、前みたいに紬麦って呼んでね」

「わ、わかった……」


 下の名前で異性の名前を呼ぶなんて、そんなのカップルだけの特権じゃないのか。と、前世で彼女いない歴=年齢だった俺は考えてしまう。だがそれはおっさんの俺だから抱く感想であり、もしかしたら今の若い世代はそうじゃないのかもしれないな。いやぁ……最近の若者はよくわかりませんな。


 紬麦と付き合っていたかは定かではないが、とにかく確実に言えることは彼女と寺野朝日は本当に親密な関係にあったということだろう。彼女の言う通り寺野朝日と紬麦は、本当に友人だったのだろうな。どれだけ時代が変わろうとも、友人でもない人には下の名前では呼ばれたくないだろうから。


「でも、本当によかったよ。朝日くんが無事に戻ってきてくれて」


 そう告げる紬麦の目には若干の涙が浮かんでおり、本気で俺のことを心配してくれていたことが伺える。虎松主催の『自殺ゲーム』によって意識を失い、昏睡状態となってから2年間。彼女は毎日、俺のことを心配してくれていたみたいだ。何度かお見舞いに訪れようともしたようだが、何故か病院サイドにそのお見舞いを断られたみたいだったようで、それもあって俺との再会が感慨深いのだと語る。


 ちなみに餓鬼に襲われていた時に出会えた時、本当はもっと会話をしたかったらしい。だがうまく言葉を紡ぐことが出来なかったらしく、恥ずかしながら逃げるようにしてその場を去ってしまったらしい。そのことをひどく悔やんでいたらしく、この涙はそれ故の涙でもあるようだ。……ここまで想ってくれる友人がいるなんて、寺野朝日は幸せ者だな。


「それにしても……朝日くん大きくなったよね。最初、私スゴくビックリしちゃったよ!!」

「まぁ、鍛えたからな」

「体格も見違えるほどガッチリしたし、呪力だって圧倒的に増えているし……凄く頑張ったんだね!!」

「はは、まぁな」


 そう言って、紬麦は俺の頭を撫でてくれた。

 同級生にすることか? と、思ったが。

 ……まぁ、悪い気はしないな。

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