第12話 復学試験 3/3
「久しぶりだな、寺野」
最後の実技試験の試験官に名乗りを上げたのは、1人の少年だった。その少年はニタニタと嗤いながら、刀身が水色の刀を右手に握っていた。そんな少年が俺の前に立つと、観客たちが黄色い歓声を上げた。
白いメッシュの入った紫色の髪をワックスで固め、オールバックにしているイカツい男子生徒。髪型だけではなく顔つきだって、まるで不良のように厳めしいものになっている。身長は俺よりも若干低めの180cmほどであり、体格は俺と同じように細マッチョ気味だ。
その少年が俺の前に立った時──
──封印されていた記憶が蘇った。
「うッ……!!」
──
──退魔師業界の重鎮、虎松家の次男。
──かつて、俺をイジメた男。
──俺を自殺に追い込んだ男。
──彼のことが、どうしても恐ろしい。
今になって、記憶が蘇ってきた。
6歳の頃、教科書をゴミ箱に捨てられたこと。
7歳の頃、トイレ中に写真を撮られたこと。
8歳の頃、その写真をネットに挙げられたこと。
9歳の頃、弁当をゴミ箱に捨てられたこと。
10歳の頃、生徒の前でオ〇ニーを強制されたこと。
11歳の頃、飼い犬を殺されたこと。
12歳の頃、自殺を強制されたこと。
「
寺野朝日がされた惨憺たるイジメのすべてを思い出して、思わず吐き気を催してしまう。彼が感じた恐怖や絶望、そして無力感が一気に俺の脳内に流れ込んできた。寺野朝日がどれだけ彼のことを恐れているのか、そのすべてを思い出してしまった。
あまりにも悲惨であり、あまりにもツラかったので、寺野朝日は虎松に関する記憶を固く封印していたのだ。虎松の姿を見ても記憶が蘇らず、こうして再度危害が加えられなければ思い出すことも叶わないほど、硬く堅牢に記憶を封じていたのだ。そうしなければ、きっと……ツラすぎて生きていけなかったのだろう。
「おいおい、随分と偉くなったもんだな」
「お前だけは……殺してやるよ……」
寺野朝日は、彼に対して強い恐怖を抱いていた。
しかし、今の俺は彼に対して強い怒りを感じている。彼の悪行の数々には、どうしても許せない気持ちが込み上げてくる。寺野朝日が感じた恐怖が、怒りに変わって俺の感情を支配している。
でも……これはチャンスだ。
彼は社会的地位の高い人間だから、普通の場面では復讐なんてできない。もし何でもない時に復讐しようものなら、面倒なことに巻き込まれてしまうだろう。休学や退学で済めばいい方で、最悪の場合、母さんが仕事を失うかもしれない。
この戦い、絶対に勝たなければならない。
学院の正式な試験で、多くの生徒たちが見ているんだ。この場で負けたら、彼でも言い訳はできないだろう。いくら虎松家の権力が強くても、ちゃんとした試験結果を覆すのは難しい。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「両者、準備は良いな」
先生の言葉にうなずく。
虎松も、ニヤニヤしながらそうした。
「うむ。それでは──試合開始!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「何の才能もない忌み児には、少し刺激が強いかもしれないな。だが……ちょうどいい機会だから、見せてやるよ」
虎松はそう言って、刀を構えた。
そして、深呼吸をして──
「《蒼炎剣》」
刹那、ボウッと刀が青く燃えた。
まるでガスバーナーのような、あるいは鬼火のような、どこか幻想的で見とれてしまいそうな青い炎が、虎松の刀を覆った。炎の周りの空気はゆらゆらと陽炎のように揺れており、ますます幻想的な雰囲気を醸し出している。だがその幻想的な雰囲気とは裏腹に、虎松の地面の芝生はチリチリと焦げていた。
「あれが虎松家に代々伝わる刻印術、《紅蓮纏》か!!」
「炎系最強の刻印術!! 美しいな!!」
「摂氏1万度を超える炎!! 見ているこっち側まで熱くなってきたな!!」
「試合中だから結界が張っているっていうのに、ここまで熱を感じるなんてスゲェ!! 忌み児のヤツ、勝ち目ないだろ!!」
どうして《紅蓮纏》という名前なのに、使う術やその炎は青色なのだろう。などというどうでもいい疑問を思い浮かべながら、俺はまた別の疑問を脳内でリフレインしていた。観客たちは摂氏1万度の炎だと言っているが……本当にそこまで熱いのか?
摂氏1万度なのであれば、もっと被害が出ていてもおかしくないだろう。芝生はもっと広範囲に焼け焦げているハズだし、何よりも……俺自身が耐えられないだろう。今の俺は確かに熱さは抱いているが、それでも真夏に外に出たくらいの熱さしか感じていない。シャツにじんわりと汗が滲むほどの暑さしか抱いておらず、とてもじゃないが1万度ほどの高熱は感じられない。
「ダメ押しに……《闘気》!!」
刹那、虎松の身体を黄金のオーラが包んだ。
煌々と耀うソレは、まるで漫画やアニメのよう。
修行前の俺が見たら、絶望していただろう。
だが──
「お、おぉおおおお!!」
「と、虎松様の《闘気》だ!!」
「す、すげェ……美しいな!!」
「しかも……何ちゅう密度だよ!!」
「一般的に術は呪素の密度で効力が上昇するけどよォ、あの《闘気》の密度は……どう考えても規格外すぎるだろ!!」
「あ、あんなもん……忌み児に使うなんて……虎松さん、マジで殺すつもりなんだな……」
周りの反応が、理解できない。
あんな低レベルで杜撰な出来栄えで、俺の半分以下のレベルの密度でしかない《闘気》に……どうして賞賛や畏怖の念を込めているのだろうか。
……虎松の意図はわからないが、おそらくは実力を隠しているのだろうな。凡人の俺よりも遥かに多彩な彼が、あの程度のヘボな《闘気》しか発動できないワケがない。俺の知らないところで、退魔師業界には『実力を秘匿することが美徳である』といった風潮があるのかもしれない。……くだらない風潮だな。
「はっはァ!! 怯えて言葉も出ないか!!」
「……?」
「まぁ、無理もねェよな!!」
「……なぁ──」
「だが、俺も鬼じゃねェ!! テメェにも《闘気》を発動する機会を与えてやるよ!!」
「……いや、あの──」
「さっさと発動しろ!! テメェの軟弱な《闘気》を見せやがれ!!」
「……人の話を聞かない奴だな」
とにかく、ここは素直に言うことを聞いておこう。
「《闘気》」
大気がプラズマ化したように、バチバチと鳴る。
地面にはヒビが入り、軽い石などは宙に浮く。
俺を中心として、風が渦巻く。
俺は呪力を、《闘気》として昇華した。
自分の身体の周りに、オーラとして顕現する。
界〇拳や竜〇気を彷彿とする、金色のオーラを纏う。
俺には呪術の才能がない。
だからこそ、努力で補った。
毎日毎日、呪力が尽きるまで、何時間もかけて。
入院していた2年間、毎日頑張ったのだ。
「な、何だよ!? い、忌み児のヤツ!?」
「お、おかしいだろ!?」
「な、なんだよ!? あの出力!?!?」
「いや、いくらなんでも、おかしいだろ!?」
「あの《闘気》の威力、先生超えてるだろ!?」
「お、おかしいだろ!? いくら忌み児でも!?」
「か、怪物!? 規格外すぎるだろ!?」
「や、やっぱり……バケモノだ!?」
みんなが驚いている。
いや、そこまで驚くほどか?
2年の修行で凡人の俺がこのレベルにまで至ったのだから、お前たちはもっと凄まじい《闘気》を放てるだろうに。……あえて驚くことでバカにする、新手の凡人煽りなのだろうか?
「て、テメェ……そ、それはなんだ!!??」
「何って……《闘気》だが?」
「ふ、フザけるな!! ど、どんなインチキをしたら、そ、そこまで高密度の《闘気》が発動できるんだよ!!」
「いやいや、人聞きが悪いな──」
「クソクソクソ!! 死ねェ!!」
ため息を吐いていると、虎松は剣を掲げて迫ってきた。青い炎がゆらめく刀が俺に迫る。虎松の目には明らかな優越感が漂っていた。彼は自分の勝利を確信しているのだろう。その傲慢な態度が、ますます俺の怒りを燃え上がらせた。
避けよう、と思ったが何かおかしい。
これだけ炎剣が近づいているというのに、まるで熱さを感じないのだ。1万度の炎がここまで迫れば、普通だったら皮膚が蒸発していてもおかしくないのに。《闘気》もまだ使っていないというのに、俺はまるで暑さを抱いていなかった。
……もしかして、ナメられているのか?
所詮は何の才能もない
「ごらァ!!」
そして、虎松の剣が俺の右肩口に命中した。
だが、案の定と言うべきだろうか。
そこに熱さは、ほとんど感じられなかった。
さらに言えば、刀は俺の皮膚を裂けなかった。
どうやら、ナマクラの剣を使われたみたいだ。
炎だけならまだしも、ロクに研いでもいないナマクラ剣で戦いを挑まれたのは……普通にブチギレそうだな。それだけ俺のことをナメており、どこまでも見下されているのだということが顕著に表れている。ここまでバカにされているとなると、ボコボコにするだけでは終わらないかもしれない。
「はァ!? き、効いていない!?」
「ば、バカな!? あり得ないだろ!!」
「と、虎松さんの刀は炎刀『赫焉』だぞ!? 龍鱗を材料とした刀身は、どんな物質でも切り裂くって言われている宝具だぞ!?」
「炎系の術式の威力を格段に上昇するっていう効果まであるのに、それを生身で受け止めるなんて……規格外すぎるだろ!!」
「……え、これでヤバくね?」
「あの虎松さんの攻撃が通じないなんて、マジで……あの忌み児イカレてるだろ」
「ちょっと……規格外どころじゃなくね?」
「学年の中でもトップクラスの虎松さんの、それも最強クラスの攻撃が通じていないって……この2年で何があったんだよ……」
どうやら、周りの連中は気付いていない様子だ。
虎松が手を抜いていることに。
俺のことを、舐め腐っていることに。
何というか……もっと慧眼を鍛えろよ。
「て、テメェ!! ど、どうなってんだ!!」
「は?」
「炎刀で肩を斬ったんだぞ!! 前にガスバーナーで二の腕を焙った時は、もっと痛がってただろ!! 今回は俺の刻印術を使ってンだから、もっと火力が高いンだぞ!!」
「……どの口が言っているんだよ」
何はともあれ、俺も攻撃に転じよう。
「《
右手を前に突き出し、意識を集中させる。
瞬く間に術が発動し、漆黒の瘴気が手のひらから溢れ出した。その瘴気はうねりながら凝縮され、やがて鋭利な槍を形どった。槍の表面を覆う瘴気は、まるで生き物のように蠢き、周囲の空気さえも震わせる。その冷たい光は、鋭さと破壊力を宿し、ただそこにあるだけで周囲に圧倒的な威圧感を与えていた。
2年に及ぶ過酷な修行の果てに得たこの技には、一片の無駄もない。槍は精密に、そして冷酷に生き物の心臓を狙い撃つように特化されている。俺が最も得意とする術を、顕現した。
「ひ、ひぃ!? ま、また出た!?」
「な、何度見ても……悍ましいな……!?」
「ば、バケモノめ……消え失せろ!!」
「や、厄災を呼ぶ存在って……マジみたいだな!!」
たかだか初級の術を発動しただけだというのに、周りの連中は鬱陶しいほど叫んでいる。確かに見た目こそ少々禍々しいが、そこまで過剰に反応するほどではないだろう。中には石を投げてくる連中もいるが……奴らは全員、ホラー耐性がないのか?
「それが……お、お前の刻印術か……?」
「あぁ、そうだが?」
「……なんと……醜悪で悍ましい……!!」
「……震えすぎじゃないか?」
まるで父親に怒られる幼児のように、虎松はガタガタと身体を震わせていた。先ほども観客どもに対して思ったが、さすがにビビりすぎだろうと思う。……もしかして、おかしいのは俺の方なのか?
まぁ、そんなことよりも……母さんの言ったとおり、俺の《闇蝕》は相当疎まれているみたいだな。周りの連中は俺を謗るような、あるいは忌避するような、または慄くような、そんな反応を見せている。これだと……友達を作ることは難しいだろうな。
「貴様のような忌み児は……存在しちゃダメなんだよォ!!」
……と、そんなことはいいか。
どうせ、俺は35歳のおっさんだ。
今さら、15歳の少年少女と仲良くなろうとは思わない。そんなことよりも、今はこの試合に集中するとしよう。
やけくそ気味に虎松は駆けてきた。
だが、それは恐怖を押し殺した結果として、正確性を失った攻撃だった。そんな攻撃を避けることなど、誰でも簡単にできる。
「えい」
槍を軽く薙ぎ、虎松に当てようとする。
貫いてもよかったが、それをすると面倒になる。
瘴気は普通の回復術では、治癒できないからな。
コツンッと、槍が虎松の頭に命中する。
さすがにこれで倒れることはないだろうから、次の攻撃に──
「うげ」
バタッと、虎松はその場に倒れた。
白目を剥き、ピクピクと痙攣して。
………………え?
「……しょ、勝者!! 寺野!!」
………………え?
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