第11話 復学試験 2/3【虎松視点】
【虎松視点】
「……どうなってるんだ?」
最初は、あの劣等生が戻ってくると聞いて、復学試験を見に行こうと思ったんだ。だから春休みだというのに、わざわざ学校に訪れてアイツの醜態を見に来た。俺と同じ考えの連中は大勢いて、アイツの“醜態”を期待していたんだ。
確かに、アイツは変わったみたいだ。
背も伸びて雰囲気も変わったが、アイツは間違いなく寺野朝日だ。2年前に『自殺ゲーム』で昏睡状態になった、あの寺野朝日だ。あれだけアイツをからかったから、この俺が見間違えるはずがない。
でも……これは何の冗談だ?
2年前のアイツは何もかも劣っていて、何もできない劣等生だった。勉強もスポーツも、もちろん呪術に関しても、何もかもが学年で最下位だった。フランスパンで『荒武者の案山子』を切るなんて、まず不可能だったはずだ。
「虎松さん……」
「何が起きたんですか……?」
俺の舎弟2人が聞いてくるが、そんなこと俺が知るわけないだろう。むしろ俺が知りたいくらいだ。クソ……役に立たない舎弟どもめ。
「アイツ……もしかして劣等生じゃないのか?」
「いやいや、それはないだろ」
「そうよ。あの忌み子なのよ?」
「でも……規格外になって帰ってきたんじゃないか?」
周りの連中も俺と同じか、それ以上に驚いていて、寺野のことを評価する声が出始めている。……ダメだ、それだけはダメだ。こんなに評価されてしまえば、アイツをいじめることができなくなる。確かにアイツは忌み子だが、周りからここまで評価されてしまえば……いじめづらくなってしまう。
アイツが劣等生から成長してしまえば、俺の学院生活がつまらなくなってしまう。アイツがいなかったこの2年が死ぬほどつまらなかったので、ここでアイツの評価を上げることだけは避けなければならない。アイツをいじめられない学院生活なんて、クソそのものだからな。
「アレは……インチキだ!!」
口から出たのは、そんなデマカセ。
だが、周りの連中は俺の言葉に耳を傾ける。
きっと、俺が退魔師業界の重鎮の息子だからだろう。
「『荒武者の案山子』に似た贋作を、事前に用意してたんだろうな。もともと切れ込みを案山子に刻んでおいて、術が触れると自動で割れる仕組みだったんだろう。つまり……あれはインチキだ!!」
自分で言っていて、無理があるなと思う。
仮にそんな贋作を用意したとして、どうやって学院の地下に用意しておけるんだ。そもそもそんな仕掛けを埋め込まれた案山子なんて、どうやって作るんだ。あまりにも無理のある理屈に、自分で言っていて恥ずかしい。
「なるほど、インチキか!!」
「つまり案山子にカラクリを仕込んでいて、術が触れたらパカッと割れる仕組みがあったんだな」
「要するに、あの忌み子の実力で割れたわけじゃないんだな!!」
「あーよかった!! やっぱり忌み子は劣等生で、卑怯者だったな!!」
「普通に考えたら、劣等生の術で案山子を斬るなんて無理だもんな!!」
「卑怯者!! さっさと消えろ!!」
「さすがです、虎松さん!!」
「俺も怪しいとは思ってたんですよ!! でも、その理論を解明するなんて……さすがは虎松家の次男!! 偉大な退魔師ですね!!」
だが……周りの連中はそうじゃなかった。
俺の言葉に納得するように、生徒たちが嘲笑を浮かべ始める。よかった、周りの連中がバカで。まぁ……確かに冷静になって考えれば、フランスパンで案山子を両断するなんて無理だもんな。俺の仮説が正しいかどうかはともかく、実際に何かしらのインチキは働いていたんだろうな。
しかし……そう考えると、余計に腹が立つ。
この卑怯者、恥知らずめ!!
やはり……アイツは劣等生のクズだ。
徹底的に、いじめてやらないとな。
「お、次の試験が始まるみたいだぞ」
案山子が現れた時のように、また地面が割れた。
現れたのは、弓道で使うような的だった。
……なるほど、次の試験が何かわかったぞ。
「そ、それでは次は、《魔弾》を見せてくれ」
なぜか先生は震える声で、そう言った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「《魔弾》って……確かアイツ、使えなかったよな?」
「そうそう。劣等生だから、《闘気》以外の基礎術は何一つ使えなかったハズだぜ」
「先生も酷なことするよな。あれから2年が経っているとはいえ、ゼロに何をかけてもゼロなのにな」
「……ごめん、よくわからない。つまり?」
「つまり才能のないアイツが、《魔弾》を使えるハズがないってことだよ。ゼロに何をかけてもゼロになるように、どれだけ時間が経とうとも、どれだけ努力をしていようとも、アイツは愚図の劣等生だってことだ」
観客たちの言う通りだ。
アイツが《魔弾》を使えるハズがない。
万が一発動できたとしても、マトに命中できるほど高エイムな《魔弾》を発射できるハズもない。アイツはどこまでも才能のない、ただのクズなんだから。
「見物ですね!! 虎松さん!!」
「さぁて、どう乗り切るんでしょうね!!」
「くく……あぁ、そうだな」
ついつい笑みが零れてしまう。
さて、劣等生の忌み児は……どうするんだろうな。
発動できないと、悔しそうに伝えるのか。
はたまた、無理やりでも試してみるのか。
結果が楽しみだ。嘲笑の準備はできている。
「《魔弾》をあのマトに当てればいいんですね」
「あぁ、そうだ」
「わかりました」
そして忌み児は、人差し指を立てた。
指先はマトを指し、深く呼吸を整えた。
そして──呪力が指先に集まっていった。
そんな、バカな。あり得ない。
たった2年前は、発動できなかっただろう。
それを……この2年で使えるようになっただと!?
しかも……呪力量的に、俺に匹敵するぞ!?
学年で随一の天才と崇められた、この俺と互角かそれ以上の呪力が込められているぞ!?
あり得ない。あり得ない。あり得ない。
これはきっと、何かの間違いだ。或いは……インチキだ。
そんなことを考えている間に、アイツは──
「《魔弾》」
アイツの指先から放たれたのは、俺たちとは異なる漆黒の《魔弾》。それはまさしく邪悪そのものであり、あまりにも禍々しかった。俺たちの放つ白色の《魔弾》とは色も、そしてその邪悪性も何もかもが異なる《魔弾》だった。そんな《魔弾》が音を置き去りにして、ギュンッとマトまで飛んでいった。
マトに命中した、アイツの魔弾。
まず魔弾を発射できたこと、そして15mは離れたマトに命中できたこと、その2つにも驚いたが……それ以上に驚愕することが目の前で起きた。俺たちの《魔弾》とは何もかもが異なる、特殊な出来事がそこで起きていた。
「……マトが……
思わず、声を荒げて驚いてしまう。
ヤツの放った《魔弾》が命中したマトは、その中心部分が酷く黒ずんでいたのだ。それはまるで墨汁を垂らしたように命中箇所が黒く染まっており、さらに錆びた鉄のようにボロボロとマトが崩れていた。もちろんだが俺たちの《魔弾》では、あんな現象は起きない。
そうか、やっぱり……《闇蝕》の効果か。
不吉を呼び、災厄の象徴ともいえる刻印術。
それに覚醒したっていうのは、マジだったんだな。
……悍ましい、なんて禍々しいんだ。
アイツは……どれだけ強くなったんだ!?
「あの忌み児……どうなっているのよ……」
「ま、マトが……黒ずんでいるぞ!?」
「ど、どういうことだ……?」
「な、何が起きたんだよ!!」
「ていうか……そもそも、《魔弾》を放てたぞ!?」
「そ、そうだ!! そもそもアイツは、《魔弾》を使えなかったハズだろ!?」
「それも……俺たちでも15mも先にあるマトに命中させることなんてできないのに、アイツはいとも容易く命中させたぞ!? それもド真ん中に!!」
「なんてエイム力に、なんて破壊力だよ……」
「な、何が起きたのかわかんねェけど……、あ、アイツは……既に劣等生じゃないんじゃないか?」
「そ、そうだ!! あの黒い魔弾から察するに忌み児には間違いないだろうけれど、それでも……実力だけなら俺たち以上だろ!?」
「規格外だ!! 怪物だ!!」
「で、でも……それを認めちまうのか?」
そうだ、一部の観客の言う通りだ。
アイツは確かに……多少は強くなった。
だが、それを認めるワケにはいかない。
俺たちよりも強くなったと認めてしまえば、もう二度とアイツをバカにすることができなくなる。俺はアイツをイジメてつまらない日常を彩れなくなるし、周りの連中はソレを見て楽しむことが出来なくなる。つまり誰も得をしないのだ。
「こ、これも……と、トリックですよね!?」
「そ、そうですよね!! と、虎松さん!!」
黙れ、無能な舎弟ども。
クソ……何も思いつかない。
アイツを貶めることが、何も思いつかない。
さっきのようなデマカセが、思いつかない。
どうしても……アイツの実力を認めてしまう。
マトの腐食なんて、そんなこと俺にもできない。
指先に込められた魔力は、俺と互角だった。
学年トップクラスの天才の、この俺と。
もしかすると……俺より強いかもしれない。
いや、そんなことはあり得ない。
だが、しかし……いや、それでも……。
葛藤が心の中で、何度も紡がれる。
「で、では……最後は試合を行ってもらう」
「え、試合ですか?」
「そ、そうじゃ……」
そう言って、先生は周りを見渡した。
──その時、俺に天啓が下りた。
「先生、俺が試験官をしますよ」
俺は右手を大きく上げて、そう告げた。
そうだ、俺が直々に倒せばいい。
この調子に乗った、クソ野郎を。
この手でねじ伏せ、評価を下げればいい。
どれだけ強くなろうが、アイツは何の才能もない劣等生に過ぎない。だったらどう考えても、俺が負けるハズがない。それに……調子に乗ったアイツの姿が、やっぱりどうしても許せないからな。
「と、虎松さんが直々に試験官を!?」
「終わったな……あの忌み児……」
「確かにその才能はこの2年で急成長したみたいだけど、それでも……相手が悪かったな」
「虎松さんの父親はあのS級の退魔師、もちろん虎松さん自身も学年トップクラスの実力者だ!!」
「そんな虎松さんと戦うだなんて、あぁ……憐憫が止まらないな!!」
「あはは!! 忌み児!! せいぜい頑張れよ!!」
「そうだ!! 負け戦になるだろうが、足掻けよ!!」
観客たちは俺の勝利を確信している。
まぁ、そりゃそうだろうな。
この2年で何があったか知らないが、アリは恐竜には勝てないんだ。つまり……この劣等生に勝ち目なんて絶対に無いんだからな。
「なるほど、キミほどの実力者が相手をしてくれるのであれば……そうですね。認めざるを得ませんね」
「ありがとうございます」
ニヤリと笑い、劣等生と相対する。
劣等生は頭を押さえて、何故か苦しんでいる。
「久しぶりだな、寺野」
「
「おいおい、随分と偉くなったもんだな」
「お前だけは……殺してやるよ……」
ふ、バカな男だ。
少し……お灸を据えてやる必要があるな!!
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