第9話 退魔学院
「え、退院ですか!?」
2024年3月20日水曜日。15時18分。
第二の人生を享受して約2年が経ったその日、俺はついに退院を宣告された。あまりにも自然にそう言われたので、どう反応していいものか一瞬わからなかった。だが数瞬して、喜びの感情が心に沸いてきた。
そうか、退院できるのか。
この無機質でアルコールとエタノールの臭いが常にする空間から、母さんからたまに聞いていた我が家に帰ることができるのか。行動範囲を病院の周囲から、一気に伸ばすことができるのか。そう考えると……やはり嬉しいな。
「朝日!! よかったわね!!」
「ありがとう、母さん」
隣の母さんが、涙を流して抱き着いてきた。
母さんの目から流れる涙はとても温かく、俺への比類なき愛情を感じられてこちらまで泣いてしまいそうになる。母さんは鍛えることで俺の症状が緩和されることは知っていたみたいだが、やはりそれでも息子のことは心配だったのだろう。そんな愛息子が退院することになり、本当に心の底から喜んでいる……のだということが母さんの涙から伝わってくる。
確かに夜中の特訓は仕事のせいで、母さんが直接応援してくれることは少なかった。だが夜勤明けに必ず俺の下へ来てくれたり、あるいは休日の日などは直接俺に特訓を指示してくれたりした。あまりにもハードなトレーニングをしている最中であっても、俺のことを尊重して無理に止めたりはしなかった。そんな母さんからはとてつもない愛情を感じられて、同時に俺自身も母さんへの敬愛も増えていった。
「2年前まではいつ亡くなってもおかしくない状態だったのに、凄まじい生命力ですね。身長や体格もかなり変わりましたし、相当努力したみたいですね」
「あはは、ありがとうございます」
若干失礼な言い回しだが、褒めてくれていると捉えて特に何も言及はしない。事実として身長が188cmに伸びたし、体格もかなりガッチリしたからな。枯れ枝のようにヒョロヒョロだった体格も、今となっては細マッチョと言っていいほどしっかりしたからな。この2年以上の特訓のおかげで、今となってはかなり強くなれたからな。
前世の俺よりも身長が伸び、前世の俺よりもガッチリした体格を手に入れたが……未だに自信は全然付いていない。相変わらず基礎術は《闘気》と《魔弾》しか使えず、オマキ様とエンカウントしたらと考えると……身体が震えてしまう。ここまで身体が変容した今でも、俺の心はあまり変化が見られない。……恥ずかしい限りだ。
「高等部に進学しても大丈夫ですよ」
医者はあっけらんと、そう告げた。
あ、そっか。俺は学生なのか。
「朝日……朝日が嫌なら良いのよ?」
「ううん、通うよ」
俺が転生する以前に寺野朝日に何があったのか、それは断片的にしか把握できていない。きっと何かしら悪いことが寺野朝日の身に起きていたことは想像に難くないが、それでも……俺の心は震えていた。退魔学院というファンタジーな響きの学院に、ついに通うことができる事実に心が躍っていた。
それにこの病院を離れることで、オマキ様とエンカウントすることもなくなるだろう。少し前に退魔学院の教科書を読んだのだが、あの手の怪異は大体の場合が土着型らしい。つまりその特定の土地でのみ強力な力を発揮でき、そしてその土地に強い執着心を抱いているという。この病院から離れることで、オマキ様と会うこともなくなるというワケだ。
「母さん、早く退院しよう」
「え、えぇ。そうね」
さっさとこの病院から離れたいという思いから、俺は母さんに催促を促した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
3月25日月曜日。午前8時41分。
校門の前で、俺は立ち尽くしていた。
「ここが……退魔学院か……!!」
白いレンガ造りの校舎は、青空の下で鮮やかに輝いていた。その壁面は年月を経た風合いを帯び、時折見える小さなひびが、歴史の重みを感じさせる。正面玄関に続く階段は緩やかな傾斜を持ち、その両側には手入れの行き届いた緑色の芝生が広がっている。芝生の上には、風に揺れる花壇の色とりどりの花々がアクセントを添えており、穏やかな空気が漂っている。
これこそが俺が通っていた退魔学院であり、今見えているのは高等部の校舎だ。退魔学院は小中高一貫の国立の学院であり、全国にいくつもの学舎が存在している。ちなみに俺が通っているのは家から最も近い、神奈川東校だ。一般人にその存在を知られてはいけないので山奥にその学舎を隠しており、学院に通うためには《瞬間移動》の術印が施された呪符を発動させる必要がある。その呪符を母さんから預かり、呪力を流した次の瞬間……俺はこうして校門の前に立っていたのだ。
「えっと……まずは『実技試験室』を目指さないとな」
2年間の休校を挟んでいたので、高等部に進学するためには、まず『復学試験』を受ける必要がある。通常だったらエスカレーター式で、そのままスーッと進学できたというのに……。まぁ、こればかりは仕方ないのだが。
そんなことはさておき、先ほどから試験が行われる実技試験室を探しているのだが……いかんせん記憶が蘇らないので、試験室が何処にあるのかわからない。試験開始時刻は午前9時からであり、1分でも遅れてしまえば試験は不合格になってしまう。もちろん、不合格になれば……強制退学だ。
故に俺は焦っていた。
闇雲に探すにしては校舎が大きすぎる上、シラミ潰しに探すにしては残された時間が限られている。せっかく2年も修行を重ねてきたのに、こんなところで退魔師としての道を潰したくはない。そう思い、周りの生徒に話しかけようとするも──
「え、あれって……“忌み児”?」
「マジで? 退院したの?」
「ただでさえ才能がないのに、忌み児だなんて……マジで終わってるよな。さっさと死んでくれよな」
「ホントそれな。早く消えろよな」
「
「どうするっス? シメるっスか?」
「……まぁ、今は待て。後でな」
今は春休みだというのに、周りには多くの生徒たちがいた。そんな彼らは皆一様に、どうやら俺に対していい印象を抱いていない様子だ。俺を忌み児であると知っている様子であり、俺の才能の無さを嘲笑している様子でもある。どうやら俺は彼らに対して、相当嫌われているみたいだな。寺野朝日が彼らからどのように思われていたのか、記憶が蘇らずとも手に取るように理解できるな。……胸糞悪い。
彼らから相当嫌われている様子なので、彼らに聞いてみるのはできないな。となると……シラミ潰しに教室を探すしかないのか。初等部や高等部に間違って入ってしまえば罰則があると生徒手帳には記載されていたので、慎重に探す必要があるな。中等部の校舎は4つあり、その内のどれかに存在すると思うのだが──
「あ、朝日……くん!?」
と、その時だった。
1人の女性が、俺を呼ぶ声が聞こえた。
後ろを振り返ると、そこにいたのは──
「ひ、久しぶり、だね」
そこにいたのは、美少女だった。
女性にしては高めな169cmの身長に比例するように、その体型は大人びていた。制服を押し上げるたわわな胸元に、スカートを押し上げる大きなお尻。その茶色い髪は艶やかで腰まで伸びており、幼さを備えつつも大人の魅力を醸し出している顔は美少女としか形容できない。その蒼い瞳はまるで湖のように深く、見ていると吸い込まれそうな感覚に襲われる。
アイドル顔負けの美少女であり、こんな美少女には前世を合わせてあったことがない……と思ったがそんなことはない。よくよく見れば、俺は彼女と出会ったことがある。そう、アレは2年前──
「餓鬼に襲われていた娘?」
「え、あ、う、うん」
彼女のことは覚えている。
あれは今から2年前、公園で初めてのトレーニングを行っていた時のことだ。あの日俺はたまたま、餓鬼に襲われている女性を発見した。その女性こそが、彼女だったのだ。その大人びた風体から女子高生だと思っていたが、なんと同級生だったとは。
しかし、その美少女は、微妙な表情を浮かべた。
なんだろう、もしや……知り合いだったのか?
だが、彼女のことは……まるで思い出せないな。
「えっと……私のこと覚えてる?」
「あ……ごめん。わからないや」
「ふふ……ううん。仕方ないよ」
そう言うと、彼女はニッコリと微笑み──
「私の名前は
と、優しい笑顔でそう言った。
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