第8話 筋トレと呪術 4/4

「ごるぁああああああ!!」

「……」

「坊主!! 太刀筋が良くなったなァ!!」

「……」

「何か答えろやァッッッ!!」

「……ありがとうございます」


 あれから半年が過ぎた。

 半年もの間、ハードトレーニングをこなしていた俺の肉体は、徐々にだが確実な変化を遂げていた。身長も少し伸び、身体つきだって若干筋肉が付いてきた。今では母さんに課せられたトレーニングでは、物足りなく感じるほど成長を遂げていた。


 この半年間、俺は一度もサボらずにトレーニングに取り組めてきた。もちろん前世と同じ道のりを歩みたくないということと、彼らの目があったから続けることが出来たというのが、ここまで続けることができた大きな理由だ。だが残念なことに、もっと大きな理由があの日以降、2つも出来てしまった。


 1つは、あの怪物……オマキ様の強さに触れてしまったからだ。以前に戦った餓鬼とは比べ物にならないほど強力な、まさしく“神”に等しい実力を持つ魔物。あの怪物に出会った後、とある考えに襲われたのだ。長い俺の人生、あれ以上の不条理に出会う可能性を想起してしまい、今のままでは絶対に足りないと焦燥感に襲われたのだ。このままのトレーニングでは足りないと、もっと強くならないといけないと、ついつい焦ってしまったのだ。


 そしてもう1つ、それは……身体を動かしていないと、オマキ様のことを考えてしまうからだ。あの怪物は人の姿をしていたが、明らかにヒトを超越した存在だった。それは強さだけではなく、存在感など様々なことを包括して、人智を越えていた。明らかに悍ましいその怪物の姿に、俺は……果てしなく怯えてしまったのだ。半年がたった今でも、夢に出てしまうほど……俺はあの怪物を畏れているのだ。身体を動かしていないと怪物のことを考えてしまい、恐怖で心が締め付けられそうになるため……俺は母さんに課せられた以上のハードトレーニングをずっと続けていた。


「あはは、お兄ちゃん強くなったね!!」

「いやぁ、若いって言いなァ!!」

「うんうん、成長だねぇ……!!」

「この調子だったら、最強になる日も近いな!!」


 周りで楽しそうに観戦する幽霊のみんなだが、俺は……昭二さんを含めて彼らのことが恐ろしくて仕方がない。あの日、目を覚ますと俺は病室のベッドで眠っていた。さらに幽霊の彼らにオマキ様のことやあの夜の出来事を問いただしてみるも、誰もちゃんとした回答をしてくれなかった。なんだが言いたくないことを隠しているような、うやむやな回答のみを彼らは残してきたのだ。誰が俺を病室に運んだのかも、彼らや怪物のこともわからないまま……俺はこうして半年もの間、過ごしている。


 彼らのことは、何も信じられない。

 だが、俺が強くなるためには、悔しいことに彼らの手助けが必要不可欠だ。彼らが俺に対して何を企んでいるかは不明だが、彼らがその気なら俺も彼らを利用してやろう。俺が強くなるための糧として、彼らを使ってやろう。いつかあの怪物に勝てるほど、俺も強くなってやろう。


「やぁッ!!」

「なッ!?」


 そんな時、俺は昭二さんに隙を見出した。

 そして、昭二さんの頭に棒を振り下ろした。

 この半年の間で、初めて一本を取れたのだ。


「スゴい!! 一本取ったよ!!」

「いくら肉体を失って全盛期の力を出せていないとはいえ、あの昭二さんから一本を取るなんて……さすがだなァ!!」

「まぁ……半年はかかりすぎだとは思うけどな」

「言うなよ。……確かに前のヤツは、2カ月で一本くらい取っていたけどさ」


 ……悪かったな。才能がなくて。

 いいだろ、一本取れたんだから。

 今くらいは、褒めてくれよ。


「ほぉ……ワシから一本取ったか」

「あはは、初めてですね。……それに遅いですよね」

「確かに彼らの言う通り、前のヤツよりは遅いな」

「……才能ないですよね」

「じゃが、そんな物は別に構わない。勝利とは蚊トンボを獅子に変えるほど、あまりにも強力な美酒だ。ここまでの道のりがどれだけ遅かろうとも、ここから貴様は加速度的に強くなれるだろう」

「……ありがとうございます」


 オマキ様の件から、彼らへの信用はない。

 だが……褒められると、素直に嬉しく感じる。

 これがいいことなのか、それとも悪いことなのかは……今の俺にはまだわからなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 その日も、母さんは俺に稽古を付けてくれた。


「《黒槍ルナラク》!!」

「もっと鋭利にして!! 攻撃性を増して!!」

「《黒球ルナムトプ》!!」

「そう!! その調子よ!!」

「《黒刃ルナムバリ》!!」

「いいわね!! 素晴らしいわ!!」


 この半年で、3つの術を習得した。

 1つ目は、漆黒の槍を顕現する《黒槍ルナラク》。

 2つ目は、漆黒の球を顕現する《黒球ルナムトプ》。

 3つ目は、漆黒の刃を顕現する《黒刃ルナムバリ》。

 どれも母さん曰く、初級に相当する術らしい。


 母さんはこれらの習得は、1日で十分だったらしい。

 だが、俺は半年かけて、ようやく習得。

 オマケに母さんは、俺とは違って独学だ。

 何というか……才能の差が激しすぎるな。

 同じ血が流れているとは、とても思えない。


「ふぅ、それじゃあ今日の稽古は──」

「いや、まだだ!! 続けてくれ!!」

「え、もう十分よ」

「ダメなんだよ!! この程度じゃ!!」


 あの日、俺は起きてからすぐに母さんにオマキ様のことを聞いたが、母さんははぐらかすばかりで何も答えてくれなかった。母さんは間違いなくオマキ様について知っている様子だったが、それを俺に教えてはくれなかった。


 母さんがイジワルで俺に黙っているわけではないことは、なんとなく察しが付く。だがしかし、それでも知らないということは恐怖に繋がる。俺の中でオマキ様に対する恐怖心が、日に日に募るばかりだった。


 もっと早く、もっと強くならないと。

 いつオマキ様とエンカウントしても戦えるように、いつオマキ様と戦っても俺が勝利を収められるように。現状はいつオマキ様とエンカウントしてもおかしくないのだから、出来るだけ早めに強くならないといけない。才能の無さを言い訳にしているような時間は、俺には無いのだから。


「お、お兄ちゃん……。その辺でいいんじゃない?」

「坊主、最近おかしいぞ。大丈夫か?」

「寝る間も惜しんで、毎日毎日ハードすぎるトレーニング。筋トレ系は全部必ず1000回は行っているし、ランニングは50km……ハッキリ言うが異常だぞ」

「日に30時間のハードトレーニングを望んでいるのかもしれないが、こんな日々を送ればいずれお前は死んでしまうぞ。もっと献身的に、自分の身体を大切にしろ!!」


 公園の隅で、幽霊たちが口々に言っている。

 彼らは俺が母さんといるときは、何故か一定距離以上近づこうとしない。それは彼らがオマキ様と繋がっているからなのか、あるいは別の要因があるのか。それを俺が知ることは、きっとこの先もないだろう。


 そして……無知な霊たちでは、きっとわからないだろう。

 寺野朝日は想像を絶するほど才能がなく、普通にトレーニングを積むだけでは決してダメなのだ。母さんの化したトレーニングを積むだけでは、オマキ様に勝つことは絶対にできないのだ。常軌を逸したトレーニングを積まなければ、俺は……オマキ様の恐怖に打ち勝つことができないのだ。気を抜けば、オマキ様ののことを考えて、ついつい怯えてしまうのだから。


 最近は特にハードなトレーニングを積んでおり、彼らの言う通りスクワット×1000回・腹筋×1000回・腕立て伏せ×1000回・ランニング50kmを毎日行っている。それに加えて昭二さんとの実技や呪術の練習も毎日行っている。朝から始めたトレーニングが、気付けば深夜になっているほどハードなトレーニングを積んでいるのだ。剛体液がなければ、きっと俺の筋肉は萎んでいることだろう。


 これだけのトレーニングを積んでいるのだが、それでも……未だにオマキ様に勝てる自信はない。相当強くなったというのに、オマキ様のことを考えると……身体が震えてしまう。恐怖で吐き気を催し、失禁しそうになってしまう。この恐怖心を払拭するためにも、俺はトレーニングを止められない。


「……わかったわ」


 母さんは渋々といった態度で、応えてくれた。

 この恐怖心は、いつになったら拭えるのだろうか。

 答えの出ない悩みを抱きながら、俺はいつまでも術の練習をした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……ん?」


 その日の修行終了後、俺は病院の廊下で1枚の紙きれが落ちていることを発見した。それはホコリを被っていて、かなり汚く見えたが……俺はその紙切れから視線を外せなくなった。だがその視線とは真逆で、俺の心はオマキ様と相対した時と似た恐怖を抱いていた。


 心は警鐘を鳴らす。

 だが、身体がそれを無視する。

 俺は自然と、その紙切れを拾っていた。


「……写真?」


 その紙切れは、どうやら写真のようだった。

 白黒の写真に写っていたのは、1人の女性の姿。

 初老にも、20代にも見える、不思議な女性。

 だが、そんな印象よりも、気になるものが映っていた。


 その女性は、畳の上に正座している様子だった。

 俯いたその女性は、どこか暗い表情を浮かべている。

 物哀し気な女性の口元から、変なものが映っていた。

 それは──真っ白な煙のようだった。


「……なんだ、これは」


 タバコの煙を吐いたような、真っ白な煙。

 女性の半開きの口から、モクモクと煙が出ている。

 明らかに異常なのに、女性は何も気にしていない。


 その滑稽な様子が、何故か俺には恐ろしかった。

 見てはいけないものを見てしまったような。

 そんな恐怖を、俺は抱いていた。


「……あ、あぁ!!」


 気付けば、俺は駆けていた。

 写真を、乱暴に地面に叩きつけ。

 脱兎の如く、俺は病室に逃げていた。


 翌日、再度その廊下を訪れたが……その写真はどこにも見当たらなかった。

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