第4話 刻印術

 3月5日、13歳最初の日。俺は緊張していた。

 本日、俺の刻印術が判明するからだ。


「ど、どうしよう……チート級だったら!?」

「……自己肯定感と理想が高いわね」

「だって……こういう時って、大体そうなんだもん!!」

「こういう時……? 何はともあれ、理想を求めるのは悪いことじゃないわね」


 転生者の固有スキルは、大概チートだ。

 その世界で最強クラスの攻撃スキルであったり、はたまた最初は理解されないが大器晩成型のスキルであったり。回復チートを宿す主人公だって、ネット小説では大いに散見された。何はともあれ、後に覚醒することもない本当に平凡なスキルが覚醒する主人公は……俺が見た作品の中ではごく少数だった。


 故に俺は、緊張と期待をしていた。

 病魔の完治だけではなく、この世界の医療に革命を起こせるほどに万能な回復系の術が覚醒することに期待をしてしまう。そして皆から絶賛され、驚愕させることに緊張してしまう。あぁ……早く測定したい!!


「その……朝日……?」

「ん、どうしたの母さん?」

「……母さんはどんな結果になろうと、朝日のことを見捨てたりはしないわよ」

「え、それって──」


「失礼するぞ」


 母さんの意味深な言葉に質問しようとした時、1人の男性が不躾に俺の病室へと入ってきた。その男性は狩衣かりぎぬを纏い、烏帽子も身につけた、退魔師というよりは陰陽師のような初老の男性だった。その男性は俺を舐めるように上から下まで見つめ、そして何故かバカにするかのように鼻で嗤った。……第一印象は最悪だな。


 だが、母さんは彼に頭を下げた。

 何故か母さんは小刻みに震えており、頭を下げているので表情は伺いにくいが……どこか怯えているような表情を見せていた。この男性に対してますます嫌悪感が深まるが、それでも母さんのメンツを守るためだ。母さんにならって、俺も頭を下げる。


「ふむ、変わらず病魔に蝕まれているか」

「……」

「不浄な女の下に生まれただけでも不幸だというのに、虚弱体質とは……どこまでも不憫で哀れな子だ。まったく、泣けてくるな」

「……」


 母さんは何も言わない。

 唇をギュッと噛み締めているのか、ポタポタと血が床に滴っている。俺もこの男に怒りをぶつけたい気持ちをグッと我慢して、静かに頭を下げ続ける。……大嫌いだ、この爺さん。


 俺を侮辱するのは、まだいい。

 だが、母さんを不浄と罵ることは……どうしたって許すことが出来ない。俺の中に眠る寺野朝日の記憶が、寺野朝日の心が、フツフツと怒りを沸騰させている。先ほどまでの測定に対しての楽しい気持ちが、完全に霧散してしまった。


 だが、ここで不遜な態度はとれない。

 母さんの態度から察するに、この爺さんは退魔師界隈の中でも相当立場が上の人物なのだろう。そんな人物に対して俺が不躾な態度を取れば……俺だけではなく母さんまで被害を被ることとなるだろう。母さんのためにも、怒りをグッと我慢する。


「のう、哀れなる子よ。この測定の結果次第では、貴様をワシの養子にしてやってもよいぞ」

「……」

「貴様にとっても、決して悪い話ではないハズだ。この女の下で貧しい暮らしを送るよりも、ずっと豊かな暮らしが得られるだろうからな。それに──」

「──お断りします」


 初老の男性の言葉を遮り、俺はそう告げた。

 ……この程度の態度なら、大丈夫だろう。

 俺の中の幼稚な部分が、我慢できなかったんだ。


「……ふんッ!! 母親に似て、ナマイキな子だな!! あとで後悔しても──」

「あの、早く測定してもらってもいいですか?」

「ッッッ!! ここに手を翳せ!!」


 そう叫び、老人は懐から水晶を取り出した。

 青く澄んだ水晶は、下品で汚らわしい爺さんとは違って実に美しい。この爺さんが持ってきた物とは、とても思えない逸品だ。なるほど、これが母さんから話に聞いていた、『呪力測定水晶』というものだな。


 それにしても……爺さんの表情は笑えるな。

 顔を真っ赤にして、鼻息をとても荒くして、俺のことをギュッと睨みつけている。先ほどまで優位に立っていた人物が思い通りにいかない瞬間は、こうも面白いものなんだな。まぁ……俺の振る舞いのせいで母さんは、顔が青ざめているのだが。……母さんごめん、どうしても我慢できなかったんだ。


「ふぅ」


 何はともあれ、俺は水晶に触れた。

 すると、水晶は──漆黒に染まった。


「……?」


 なんか……思っていたのと違う。

 普通、こういう場合って……あまりの呪力の多さに水晶が眩い閃光を発したり、あるいは水晶がキャパオーバーを起こして熔けたりするもんじゃないのか? 墨汁を垂らしたかのように漆黒に染まるばかりで、それ以外の変化が見受けられないんだけど?


 水晶の変化は薄いが、2人は違った。

 母さんも爺さんも、その両方が驚愕の表情を見せており、母さんに至っては顔が青ざめていた。爺さんも絶句した表情を見せており、その表情は次第に怒りのものへと変化していく。……俺、何かタブーを侵したのか?


「《闇蝕》だと……!? この……“忌み児”がァ……!!」


 絞り出すように、爺さんがそう口にした。

 忌み児……? え、何の話だ……?


「寺野真紀ィ!! 貴様ァ!!」

「も、申し訳ございません!!」


 怒号を発する偉い人に対し、土下座をする母さん。

 理由はさっぱりわからないが、俺の責任だ。

 おそらく……俺が何か悪い結果を出したのだろう。


 暗い空気が空間を包む中。

 俺の胸中には……深い後悔が蔓延っていた。

 母さんに……こんなことはさせたくなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「朝日……ごめんね」


 16時。測定終了後、母さんは俺に謝罪をした。目線を俺に合わせて、今にも泣きそうな表情で。そんな母さんを見ていると……罪悪感が爆発する。


 違う。母さん、そんな表情をしないでくれ。

 理由は未だにわからないが、きっと母さんは何1つとして悪くないんだろう。きっと自身に何かしら問題があり、それが発覚したんだろう。つまり母さんが悪いのではなく、きっと俺が悪いのだろう。だから……そんな顔をしないでくれ。


 ……そんな言葉を吐けば、きっと余計に傷つける。だからこそ、俺は余計に悲しかった。何を言っても、母さんを悲しませるから。俺の行いが全て、裏目に出てしまうだろうから。


「……母さん、忌み児って何なの? それに《闇蝕》って?」


 ひねり出した言葉は、純粋な疑問。

 あの時、爺さんはおぞましい者を見るかのような目で俺を見て、怒りの表情で“忌み児”というワードを口にした。言葉から察するに、あまりいい意味は含まれていないことは察せられる。だが……その詳細は言葉からは察せられない。


 俺の質問に、母さんは苦い表情を浮かべた。

 まるで答えることを躊躇しているような、重要な秘密を打ち明ける前のような、そんな奇妙な緊張感を抱いてしまう。……なんだろう、そんなに激ヤバワードなのだろうか。知るだけで何かしら悪影響が出るとか、あるいは俺が知ればトンデモないショックを与えるワードなのか。理由はわからないが、母さんはウンウンと悩んでいた。


「……朝日の刻印術、それは《闇蝕》よ。その効果は2つあって、1つ目は触れられない物に触れられるようになること」

「触れられない物……?」

「流体や霊体問わず、どんな相手でも実態を捕らえることができるのよ。要は武〇色の覇気みたいな感じね」


 1つ目の効果の時点で、かなり強そうだ。


「次の効果は瘴気よ」

「瘴気……?」

「触れた物を腐食させる、不思議な粒子ね」

「なるほど。強力そうだ」

「そうよ、実際にかなり強力な術なの。鉄でもチタンでも、もちろん魔物だって、どんな物質でも触れるだけで腐食させることができる。相手が素肌だったら確実にダメージを与えられるし、鎧や武器を装備していても、それを無力化できるから」

「おぉ、チートスキルだ!! ……でも、そんな強力な術なのに、どうして嬉しそうじゃないの?」


 母さんは少しバツが悪そうにしながら、言葉を続けた。


「強力だけど、同時に最も忌み嫌われた術でもあるの」

「え、どうして?」

「どんな物でも腐食できるってことは、逆に言えばどんな武器や防具も装備できないってことなの。昔は、良い武具を持っている退魔師ほど優秀だとされていた時代があってね。その時代に、触れるだけで装備をダメにしてしまう刻印術なんて、嫌われて当然だったのよ」

「昔の風習が、今の嫌悪に繋がっているってこと?」

「そうよ。さらに言えば、そこから尾鰭が付いて……今では厄災を呼ぶとか、様々な根も葉もない噂がされているわ」


 母さんは少し気まずそうにしながら、言葉を続けた。


「刻印術は基本的に遺伝するけど、稀に突然変異で全く別の刻印術が発現することがあるの。もしこの《闇蝕》が突然変異で刻まれた場合、昔は縁起が悪いとされて、その子供はよく殺されていたのよ」

「そんな……」

「その風習は今でも続いているの。母さんは運良く殺されなかったけど、追放されてしまったわ」

「え、母さんも……この刻印術なの?」

「そうね。多分、母さんのが遺伝したんでしょうね」


 母さんはまたバツが悪そうな顔で、言葉を続けた。


「ごめんね、朝日。そんな誰からも忌み嫌われて、みんなから嫌われる……刻印術才能を遺伝させちゃって。そんな刻印術才能だったら、何の刻印術才能もない凡人としての人生の方が……よっぽど楽だったのに。本当に……ごめんね」


 母さんは、ポロリポロリと涙を流した。

 つまり《闇蝕》は皆から嫌われる刻印術であり、それが故に『忌み児』なんて呼ばれているということだろう。確かにその事実はとてもツラいものだが、それ以上に──


「つまり……俺の病は完治しないんだね」

「え?」

「回復系のスキル……いや刻印術が覚醒しなかったんだから、俺の病魔を消す方法はなくなったってことだよね。チート級の回復術が覚醒しなかったんだから、俺は……余命を待つしかないってことだよね!!」

「何を言っているかはわからないけれど……1つだけ病を治癒する方法はあるわよ」

「……え?」


 え?


「今回の刻印術の結果が出たら、教えようと思っていたの。刻印術の結果次第ではかなり楽に療養ができるから、朝日にとってもそっちの方がいいと思って。だけど、現実は……朝日ごめんね」

「いや、いいんだ母さん。それで……その方法は?」

「朝日にとっては酷だし、かなりツラいことを強いるかもしれないけれど……大丈夫? 多分、本当に──」

「──問題ない。教えてくれ」


 第二の人生を無下にするくらいなら、どんなことにでも耐えて見せるさ。


「……鍛えるのよ」

「え?」

「《闇蝕》は強力だけどタチの悪い刻印術でね、術者の身体を常に蝕んでいくの。だけど免疫力を高めることによって、その侵攻を抑えることが出来るの」

「つまり身体を鍛えて、免疫力を高めるってこと?」

「えぇ、その通りよ」


 なんだか……風邪みたいだな。

 だが、これ以上にいい方法はないな。

 病魔に伏すエンディングなんて迎えたくないし、それに……あの爺さんを見返してやりたいという思いも強い。俺を忌み児と呼んだあの時の目を、俺は決して忘れないだろうから。身体を鍛えまくって、いっそのこと退魔師界最強の膂力を手に入れてやろう。あの爺さんを見返してやろう。


 そうか、俺は悔しかったんだな。

 あの爺さんに忌み児と言われ、母さんを罵られたことが、俺は堪らなく悔しかったみたいだ。悔しいという感情があまりにも久しぶりだったので、こんな感情だったことを忘れてしまっていた。先天的なチート能力はなかったが、努力チートで見返してやろう。


 それに前世の最期に誓った通り、今世では満足いく人生を送りたい。そのためには努力は必須であり、どのみち鍛えなければならない。何にせよ、トレーニングは避けられないのだ。


「《闇蝕》はかなり強力な術だから、きっと普通に運動するだけだと肉体が負けちゃうわ。だからかなりハードでキツいトレーニングを強いることになるけれど、大丈夫?」

「……うん、まだ死にたくないからね」


 第二の人生をたった3ヶ月で終わらせるなんて、そんなこと絶対に嫌だ。せっかく手に入れたチャンスなのだから、有意義に使いたい。一度目の後悔に塗れた人生を払拭し、前世の末路で誓ったことをすべて成し遂げたい。そのためだったら、どんな苦しみにだって耐えて見せる。


「それじゃあ、さっそく始めるわよ」

「うん、お手柔らかにね」

「あはは、おっさんみたいなこと言うわね」


 35歳、俺は中年おっさんだからな。

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