第2話 退魔師
その後、俺は新たにいくつかの記憶を取り戻した。結論から話すと、この世界は現代ファンタジーの世界ではなかった。俺が死んだ世界と同じく、現代日本だった。ただ、現代日本ではあるのだが……相違点が1つある。どうやら俺は、退魔師の家系に生まれてしまったみたいだった。
俺も知らなかったが、この世界には『魔物』と呼ばれる、人間の負の感情から生まれる怪物が存在するようだ。そんな魔物を討伐し、人々の平和を守る者たちこそが、『退魔師』だ。……ラノベ臭すぎるとは思ったが、流れてくる記憶が真実だと告げている。
「……退魔師にならなくていいって、どういう意味なんだろうな」
あれから俺は女性……いや、母さんと話した。
最初は退魔師関連のことを思い出せなかったように、思い出した記憶はあまりにも断片的すぎる。まるで蓋がされているように、まるで規制がされているように、思い出せる記憶はほんの僅かなものばかりだ。
退魔師関連の記憶だって、母さんとの会話の中で思い出した。つまり母さんとの会話をすることで、その他の記憶も取り戻せるかもしれない。と考えて、俺は色々なことを母さんに質問した。退魔師のこと、この世界のこと、そして……寺野朝日という人物について。
だが、すぐに面会時間が来てしまったので、得られた情報と取り戻せた記憶はほんの僅かだったが。それに母さんも何か隠している様子であり、寺野朝日関連の情報はあまり開示してくれなかった。ただそれでも、少しでも話してくれてありがたいが。
「どうやら俺は長い時間眠っていたみたいだったから、記憶が混雑していると説明したら信じてくれたな。しかし……それでも疑問は拭えないが」
そもそも、これは本当に転生なのだろうか。
転生とは新たな人生をやり直すことであり、当然ながら赤ちゃんスタートを意味する。故に俺はソレに当てはまらず、疑問が残る。13歳の身体になったワケだが、それではこの肉体に元々宿っていた魂や自我はどうなったのだろうか。
それに、母さんの涙の意味も気になる。
最初は
「まぁ……薄々察してはいるんだけどな」
ベッド脇の鏡に映る俺の姿は、幽鬼のようだった。
湖のように深く蒼い色の瞳は、濁りきってしまっており生気を感じられない。その瘦せこけた頬はまるで骸骨のようであり、顔立ち自体はとても整っているからこそ勿体なさを感じる。病衣越しでもわかる痩せさばらえた肉体は、風が吹けばバラバラになってしまいそうなほど軟弱で虚弱さを抱いてしまう。
そして棒切れのような首には、深々と痣が刻まれていた。文字通り縄で縛りあげたような、紫色の濃い痣が痛々しく首に刻印されている。言葉を濁さずに言えば、おそらく……寺野朝日は自殺未遂を行ったのだろう。宿痾に怯える日々に耐えきれなかったのか、はたまた別の要因か……それを思い出すことは叶わないが。そしてそのまま、昏睡状態に陥ったのだろう。
「どれくらいの間、意識を取り戻せていなかったかは不明だが……母さんの反応から察するに、比較的長期間眠っていたようだな。寺野朝日の身に何があったかはわからないが……とりあえず今は、得られた状況をまとめるとするか」
ベッド脇には、1冊のノートがあった。
ノートの表紙に『遺書』と書かれているだけであり、その中身は真っ白であり何も書かれていない。だがよく見れば紙を破いた痕跡やいくつか濡れたページが伺え、それは寺野朝日の苦しみを物語っているようだった。おそらく……何度も遺書を書き殴り、そして何度も破り捨てたのだろう。
そんなノートを使用するのは大変心苦しいが、得られた情報や記憶が新鮮なうちに記した方がいいだろう。恐縮で心がいっぱいになりながら、俺は近くに合ったシャーペンでノートに情報を書き記した。母さんとの会話で思い出した記憶や、思い出すことは叶わなかったものの会話で得られた情報を記す。ペンを滑らせるたびに心を締め付ける、とても強い罪悪感に苦しみながら。
「よし、こんなものか」
・退魔師は日本全国に、およそ1万人いる
・退魔師は『呪術』と呼ばれる力を駆使する
・呪術には『基礎術』と『刻印術』の2種類ある
・刻印術は、13歳の誕生日に覚醒する
・呪術の発動には、『呪力』というエネルギーを用いる
・呪力の多さと総合的な戦力で、F~S級に分けられる
・寺野家は先祖代々、退魔師の一族
・母さんは寺野家の三女であり、父親は不明
・現在は、神奈川県の海沿いのアパートに住んでいる
・寺野朝日は『退魔学院』に通っている
・寺野朝日の友達や学生生活などは、一切不明
・1年以上入院を続けており、症状は悪化し続けている
「まぁ、こんなものか」
ノートに書き終えてから思ったが、どこかネット小説の設定のようだな。無論、これはすべてノンフィクションであり、現実離れしすぎているが疑いようのない現実なのだが。だがそれにしても……呪力や等級など、あまりにもフィクション感が強すぎるだろ。
だが、それは悪いことではない。
ネット小説に精通している俺にとって、これらの情報はとても飲み込みやすく理解しやすい。転生してたった数時間でこの状況を飲み込めたのも、退魔師関連の事柄がネット小説然としていたからだ。いやぁ、数少ない趣味がネット小説閲覧でよかった。
「……いや、全然よくないよな」
深く重たいため息が、口から零れる。
確かに退魔師うんぬんに関しては、前世で知り得なかった情報であり、俺の心の中の厨二心をくすぶる。転生先が健康優良児であれば、きっと感極まるほど素直に喜べただろう。だが現実は非情であり、寺野朝日は余命3カ月を通告された病人なのだ。
せっかく転生し、人生をやり直せると思ったのに……残念なことに俺は3カ月後に亡くなってしまう。退魔師として第二の人生をやり直すことも叶わずに、俺は死んでしまうのだ。悔しく無念ではあるが、それは覆しようのない事実だ。
「いや……可能性が完全に消えたワケではないな」
13歳で覚醒する、『刻印術』。
それはゲームっぽく説明すれば、『汎用スキル』だ。つまり人それぞれ術の内容が異なる上、攻撃系の術や支援系の術などその種類も膨大なのだという。そして何よりも、数は少ないが回復系の刻印術が覚醒する人もいると母さんは言っていた。
つまり、俺が回復系の中でも最高クラスの刻印術を覚醒させることができれば、俺の身体を脅かす病魔を完治できるかもしれない。というよりもそうなってくれなければ、俺の第二の人生は潰えてしまうハメになる。頼むから……回復系に覚醒してくれ!!
「誕生日まであと3日……一縷の可能性に掛けるしかないな。今の俺には、祈り願うことしかできないな」
前世では初詣なども、あまり行かなかった。
電車の中で腹を下した時くらいしか神の存在を信じず、あまりにも不敬な人生を送ったものだ。そんな俺が今さら神に願うなんてあまりにも自分勝手が過ぎるかもしれないが、それでも祈らずにはいられない。
手を組み、天を仰ぐ。
──と、その時だった。
背筋にゾワッと、悪寒が走った。
「なッ──にもないか……」
後ろを振り返っても、当然のように誰の姿も伺えない。白い壁が無表情にこちらを見つめてくるのみで、人の気配なんて微塵も感じ取れない。だったら……先ほど感じた殺気にも似た感覚は……いったい何だったんだろうか。
……考えても仕方がないか。
とにかく、何故だかわからないが……神に祈るという行為にタブーを感じ取った。何か侵してはならないことを侵してしまったような、そんな感覚に襲われた。つまり……俺は神に祈ることもできなくなった。
「とりあえず回復系の術が目覚めると信じて、今は……その後のことを考えないとな。それにせっかく退魔師に転生したんだから、術に触れてみたいよな」
人生を諦めるなんて、もう嫌だ。
前世の終わりに、俺は誓ったんだ。
今度の人生こそは、豊かに生きると。
だからこそ、今は完治を信じよう。
そう呟いて、俺は病室を後にした。
目指すは、病院付近の公園。
そこで、『基礎術』を行うために。
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