疎まれスキルの転生退魔師 〜周りを見返すために努力を重ねた結果、気付けば最強になっていました〜

志鷹 志紀

第1章

第1話 転生

 “恥の多い生涯を送って来ました”

 かの文豪が綴った文章が、心に沁みる。

 俺の人生も、恥辱に塗れたものだったから。


 俺には、何もなかった。

 頭が悪いので、5教科の成績はいつも1か2。

 運動神経もなく、体育の成績はいつも1か2。

 絵なんて描けず、文章も稚拙なものだった。

 才能なんて、俺には1つもなかった。


 それに加えて、俺は努力もできなかった。

 才能がなくても、努力で大成している人は大勢いる。だけど俺は、その努力さえも怠った。

 才能がないことに腐り、努力をしてこなかった。『努力も才能の1つ』という理論をかざし、努力しない理由だけを立派に築き上げた。

 ……何ともバカなことだ。


 俺の人生は、腐っていた。

 高校は底辺校に通い、大学は中退。

 親のコネで入った会社は、約1ヶ月で退職。

 そこから35歳まで、ずっと引きこもり。

 友達もおらず、ネットの向こうでレスバばかりの日々。

 

 同級生は役職を得たり、起業をしたり、成長していた。俺だけが何者にもなれず、置いて行かれていた。その事実に耐えきれず、ネットで中傷ばかりしていた。19歳から35歳まで、およそ16年間も。毎日、毎日。趣味もない人生なので、時間だけを浪費していた。


 空っぽの人生だった。何者にもなれなかった。才能がないことは、もう仕方がない。だけど……努力を怠ったことは、今でも悔やんでいる。もっと勉強していれば、運動していれば。今ごろ、もっとマシな人生を送れたかもしれないのに。


「……最期がコレだなんて、つくづく終わっているな」


 トラックに轢かれ、地面に伏せる自分の身体。ダクダクと血が流れ、真っ赤な水溜りを形成する自分。そんな滑稽な光景を、俺は眺めていた。文字通り、魂が抜けて幽体離脱するように。3人称視点のように、上から自分の身体を眺めていた。


 死の直前までの出来事は、鮮明に覚えている。母親にいい加減働けと言われ、ねて外に飛び出した。歩きスマホをしながら、道路を歩いていた。その時、突然強い衝撃が身体を打ち、俺は宙に浮いた。最後に見えたのは、トラックの運転手の焦った表情。彼も俺と同じく、スマホに集中していたようだった。


「頭から落ちて、即死か。……俺に相応しい末路だな」


 自虐風に、乾いた笑いが出る。

 何者にもなれず、最期はこんな末路。

 こんな人生……望んじゃいない。

 俺が望んでいたのは──もっと普通の人生だ。


 いい大学に入り、いい会社に入り、結婚する。そして子どもを何人か授かり、みんなに囲まれて死ぬ。そんな普通の人生を歩みたかった。こんな……カスみたいな人生、歩みたくなかった。


 いや……そんなにいい人生じゃなくてもいい。せめて、何か熱中できるものが欲しかった。鉄道でもアニメでも、何でも構わない。何か熱中できるものさえあれば、満足できただろう。こんな空っぽのまま、人生を終えたくない。


 そうだ。とにかく、何者かになりたかった。

 結婚して、誰かの夫になるでもいい。

 趣味に没頭し、エキスパートになるでもいい。努力が報われずとも、努力したことに満足するもいい。とにかく、こんな何者にもなれないような人生は嫌だ。何者にもなれず、空っぽの人生よりは、どれもマシだ。


「……なんて、もったいない人生だろう」


 今になって、後悔が押し寄せてくる。

 もっと、努力をしていればよかった。

 もっと、趣味の範囲を広げればよかった。

 そうすれば、今よりも充実した日々を送れただろう。やり直したいと、深い後悔が波のように押し寄せる。


 あぁ、神様。どうか、次があるのでしたら。

 次こそは、努力を重ねます

 次こそは、趣味を見つけます。

 次こそは、何者かになってみせます。

 才能がなくても、必ず成し遂げて見せます。


「……あ、光だ」


 その時、身体を光が覆った。

 直感的に理解する。これは成仏だと。

 もうじき、この世界から消え去るのだと。


 後悔ばかりが募る。

 こんなに未練があるのに、成仏できるんだな。そんなことを考えながら、俺は──

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 目が覚めると、知らない天井が目に映った。

 白く、無機質な天井だ。蛍光灯の光も冷たい。ここはいったい……どこなんだ……?


朝日あさひ……朝日!!」


 辺りを見渡そうと、首を動かした時だった。

 1人の女性が甲高い声を上げ、俺に抱き着いてきた。それもかなり若い、20代に伺える女性が。その上、黒髪の映える、相当な美人の女性が。


 ……なるほど、ここは天国なのだな。

 陰気でモテなかった俺に、美人な女性が抱き着く。そんなことが現実なワケがないからな。35年の人生、一度も彼女が出来なかった俺へのサービスなのだろう。きっと神様からの、最期の送り物なのだろう。


「……母さん」


 ん? なんだ、今の言葉は。

 俺の口から漏れたのは、無意識な言葉だった。母さん……? この人が? いやいや、何を言って──


 ──寺野真紀てらのまき、29歳。

 ──16歳の時に、第一子を授かった。

 ──それが原因で、家を追い出された。


「うッ……」


 割れるように痛む頭に、情報が流れてくる。

 この女性と過ごした日々が、脳に送られる。

 幼い頃から育てられた記憶が、流れてくる。

 なんだ、これは。なんだ、いったい何なんだ。

 

 この女性との面識など、一度もないハズだ。

 それなのに、脳に流れてくるのは尊い日々の記憶。この女性と過ごした、13年の歳月の記憶。存在しないハズの記憶が、鮮明に思い出せる。


「朝日、大丈夫!? どこか痛むの!?」

「いや、だ、大丈夫だよ……」


 痛む頭を押さえ、ふと考える。

 彼女のいう、朝日とは誰だろうか。

 何故、俺の声はこんなに高いのだろうか。

 まるで、声変り前の子どものような──


 ──寺野朝日てらのあさひ、12歳。

 ──頭が悪く、運動も苦手。

 ──現在は謎の病に侵され、入院中。


「うッ……」


 割れるように痛む頭に、情報が流れてくる。

 今度は、謎の少年の記憶だ。断片的ではあるが。13年の歳月を、暗澹と過ごした1人の少年の記憶。何の才能もなく、余命3カ月を通達された少年。そんなかわいそうな少年の記憶が、鮮明に溢れる。


 ……いや、違う。そうじゃない。

 謎の少年じゃない。

 これは……だ。俺自身の記憶だ。

 もちろん、35歳のおっさんの記憶ではない。

 この痩せさばらえた腕が、記憶の正体を物語っている。俺は、どうやら──


「転生……したのか?」


 小さく発した言葉は、あまりに現実感がない。だが、現状から察するに間違いないだろう。ネット小説は好きなので、すぐに理解できた。俺はどうやら、転生を果たしたようだ。


 それもどうやら、現代日本に。


 女性を抱きしめ返す、枯れ木のような細腕。

 病衣越しでもわかる、ベニヤ板のような薄い身体。半ズボンから伺える、昆虫のような痩せた脚。そのどれもが、35歳おっさんのものではない。俺はどうやら、病に伏した少年に転生したみたいだ。


「もう……退魔師なんて目指さなくてもいいからね」


 涙を流す女性の顔は、ひどく悲痛なものだった。こんな状況でなければ、きっと心を痛めるほどの涙。そんな悲痛な彼女の表情とは裏腹に、彼女の発したワードは俺の胸中に深い動揺を去来させた。


「……退魔師?」


 現代日本に転生、という部分に関しては訂正が必要だ。もしかすると、現代ファンタジーの世界かもしれない。……え、マジで???

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