第44話 凶報


「殿下、婚約者様がどうしてもお会いになりたいとお越しになっておられますが、いかがいたしますか?」

「通していい」

 王妃教育も終わったし、俺は学園も卒業したから彼女にはそうそう会うことがない。

 約束もなく訪れるような女ではないと思っていたが、それは俺の思い違いだったか? 今はまだ婚約者という立場である彼女を蔑ろにすることはできないと彼女を通した。

「殿下、お人払いをしていただきたいですわ。しかし密室は嫌ですの。庭園をお借りしても?」

「ああ、構わない。行こう」

 正直少し面倒だとは思ったが、いつになく真剣な表情を浮かべている彼女に従うことにした。


 庭園に移動し、ガゼボにはメイドが紅茶を用意して去っていった。護衛騎士も周りに配置しているが、話は聞こえない離れた位置にいる。

「それでキミが約束もなく訪ねてくるなど珍しい。人に聞かれたくない話とは?」

「驚いても、叫んだり大声をあげたりしないで下さいね」

 フッ、俺が叫んだりなどするものか。


「ハルトお兄様がいなくなりました」

「ハッーー」

 俺は手で口を押さえ、叫びそうになるのを必死に抑え込んだ。

「順を追ってお話しますわ。いなくなった日は正直分かりませんの。私が最後に姿を見たのは成人の儀に行くと屋敷を出た時です。使用人に聞いて回りましたところ、新年の夜会から馬車で屋敷に戻ってきたのは確認できておりますわ。とても早く戻ったというところは気になるところですが……」

「それは……」

「今は、そこはいいです。事実だけを述べますわ。お兄様の戻りを確認したのは御者と、たまたま玄関のキャンドルを変えていたメイド一人の計二名ですわ。メイドはお兄様がお部屋の方角に向かわれる後ろ姿を確認している。けれどそれ以降は誰も見ておりません」

 夜会の日からもう五日は経っている。その間にクリスラー家の者は誰も気付かなかったということか?


「お兄様の部屋の扉の下に『しばらく一人にしてほしい』と書かれた紙が挟んでありましたの。お兄様は初めての夜会で嫌な思いをされたようで、家族みんなもそっとして置こうということになりました。ですが食事は必要でしょう? 次の日も次の日も部屋から出てこないのは体に悪いと食事を持って行ったのですが、メイドが何を問いかけても返事がなかった。それで部屋を開けたらお兄様はいませんでした」

「それでなぜ俺のところへの報告がこんなに遅いんだ?」

「殿下はお兄様の何ですか? 今はまだ婚約者の兄、ただの友人です。早急に知らせが必要な間柄ではありませんわ。父は知らせる必要はないと考えていましたし。だからこうして私はこっそりと抜け出して知らせに来たのです」

「そうか、それは面倒をかけたな」

 いなくなっても知らせが必要な間柄ではないと言われた言葉が、俺に重くのし掛かる。

 確かにそうだ。まだ俺とハルは学友というだけで、それ以上の関係はない。


「まだ教会にも知らせていませんわ。父はすぐに帰ってくると思っているようですの。でも私はそうではない気がしています。だからこうして殿下に伝えに来たんです」

「どういうことだ?」

 ローゼマリーの発言から、彼女はハルがすぐには帰ってこないと思っているように聞こえる。

「ただの勘ですわ。根拠はありません」

「そうか。ではすぐに帰ってくる可能性もあるということだな」

「そうですわね。すぐに帰ってくるか、もう二度と帰ってこないか」

 もう二度と? 俺は動揺した。ハルがすぐに帰ってくる根拠などどこにもない。ただ俺がそう信じたかっただけだ。自ら家を出たとして、その後何処かに攫われる可能性だってあるのではないかと思ったら、どんどん血の気が引いていった。


「できればキミとの婚約を解消したい」

「やっとですか。その言葉を待っておりました」

 緊張しながら伝えてみると、あっさりと了承された。なぜだ?

「いいのか?」

「ええ、望むところですわ」

 こんなにもアッサリと了承されると少し腹も立つが、互いが望む結果なのだから、その点も含めて父上を説得しようと決めた。


 本当は今すぐにでも騎士団を動かしてハルを探しに行きたいが、教会にもまだ言っていないということは表立って捜索をすることは難しい。

 相談する相手は慎重に選ばなければならない。

 ファビアンか……

 コンラートには、ハルが攫われた可能性がないかを探らせよう。ハルの周りの怪しい貴族を調べているだろうからな。

 マルセルには言わない。あいつは隠すのが下手すぎるからな。

 またファビアンを頼ることになるとは……


 俺はローゼマリーが帰ると、さっそくファビアンの元へ向かった。

「殿下、どうかされましたか? 新期生が入って私もそれなりに忙しいんですよ」

「分かっている。とにかく人払いしてくれ」

 人払いしてもらうと、ハルがいなくなったことを伝えた。捜索したいことも。

「何者かに攫われたのであれば探しましょう。ですがハルトくんの意思であれば見つけても無理に連れ帰ることはしません。そこは了承いただけますか?」

「了承する。俺もハルの望まないことはしたくない」

「では小隊単位で順に遠征に出発することにします。春には魔物が活発になりますからね。その申請に了承するよう動いていただきたい」

「もちろんだ」

 これでひとまずは……と思ったが、どうにもファビアンが難しい顔をして腕を組んでいるのが気になった。


「何か気になることがあるのか?」

「私は騎士団団長です。私が動かせるのは部下である騎士だけ」

「そうだな。それが何か?」

「もしハルトくんが国外に出ていたら私では探せません」

「なっ!」

 国外? そんなこと考えてもみなかった。そうなったら俺も探せない。王子という立場では簡単に隣国になど渡れないからだ。国外などそれはないだろ。

 だが、ローゼマリーの言った言葉が引っかかった。


 ーーすぐに帰ってくるか、二度と帰ってこないか。


 嘘だよな? 自らの意思で国外に出たのだとしたら……

 俺にできることはなんだ? 何ができる?

 思いも告げられないまま離れ離れになるなど……ハル……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る