第43話 幼馴染三人


 新年の祝賀パーティーでの騒ぎは、ファビアンの機転により会場では大きな問題にはならなかった。

 ファビアンの恋人がハルであるという噂は広まってしまったが、その辺の奴が国内最強と言われるファビアンの恋人においそれと手を出すことはできなくなったのは良かったと思おう。


 しかし父上には、俺がやったのだとすぐに気付かれて呼び出された。

「エルヴィン、彼のことをまだ諦めていなかったのか。このような問題を起こして、彼の立場が危うくなるとは思わなかったのか?」

「諦める? 父上が早くローゼマリーとの婚約解消とハルとの婚約に了承していたらこんなことにはならなかった。ハルと結婚したら俺を王太子にと担ぎ上げる奴が出ることを懸念しているのなら王位継承権を放棄してもいいと言ったはずです」

「だがお前にも後継は必要だろう」

「後継は兄上のところにいるから必要ない。俺は子どもなど要らん。争いの火種になるだけだ」

 父上との会話はいつも平行線のままで苛立ちが募る。


 婚約者がいるのに他の男に言い寄るなど、俺ではなくハルの立場を悪くするだけだと、ずっと自制してきた。その肌に触れたいのに、抱きしめたいのに、愛を囁きたいのに、どれもできないもどかしさ。

 父上の部屋を出ると、拳で壁をダンと殴りつけた。クソッ

 ローゼマリーとの婚約の時だって問題はあったはずだ。それはよくてなぜハルはダメなのか。初めは兄上のところに男児が産まれなければ俺の子を後継にということでダメだと言われた。それはもう解決しただろ。俺が王子でなければ……



「マルセル、父親には一応聞いたんだろ? ハルが不合格になった理由は分かったか?」

 俺は夜会の翌日にマルセルとコンラートを呼び出し、まずはハルの騎士学校への入学を進めようと考えた。

「理由は頑なに話さなかった。しかし筆記の点数は手に入れた」

「筆記か……」

 マルセルの調査を頼りにしてたため、この結果には落胆せざるを得なかった。筆記などあってないようなもの。それにハルが筆記で失敗するなどあり得ないからだ。


「ちなみにハルトの筆記の結果はどうだったんですか?」

 コンラートはハルの筆記の結果が気になるようだ。

「受験者唯一の満点だ!」

 どうだと誇らしげにマルセルは言い放ったが、それは予測できたことだ。騎士学校の試験くらいでハルが失敗するなど考えられない。

「まあ当然ですよね。実技の結果はないんですか?」

「実技は第三騎士団が受け持っているから父上のところに資料はなかった」

 第三騎士団か。ファビアンであれば実技の結果を知っているのでは?


「分かった。ファビアン団長に直接聞く」

「教えてくれるでしょうか?」

 コンラートはファビアンと面識がないから、判断できないんだろう。しかし俺は知っている。ファビアンはハルの不利益になることはしない。逆に言えばハルの利益になることはするということだ。

「それは分からん。だが、何か知っている可能性は高い。少なくともシャウマン団長よりは協力してくれるだろう」


 マルセルの父親のシャウマン侯爵は、団長ではあるが実力で成り上がったわけではない。周りとの駆け引きとその家柄で団長になった男だ。自身の立場が危うくなるようなことはしないだろう。そんなことをすればすぐにでも団長の座を引き摺り下ろされる。

 それに比べファビアンは完全に実力で団長の椅子を手に入れた。罪を犯したりしない限り、その地位は揺るがない。年齢による体力の衰えでいずれは団長の座から降りることになるとしても、彼はまだ若い。その点でも協力してもらえる可能性は高い。

 本当かどうかは分からないが、正義心が強いとも聞いているから、そこも公平性より忖度を優先し己の利害で動くシャウマン侯爵とは違うところだ。


 俺はさっそくファビアンに約束を取り付けた。

「殿下、私に用事とは珍しいですね。それでどのようなご用件で?」

 警戒している様子はないが、少し厳しい目をしているのは、俺が来た理由を察しているからだろうか。

「昨年行われた騎士学校入学試験のことだ。ハルの実技の採点を聞きたい」

「騎士団内部の情報を団長である私が口外するとでも?」

 厳しい声でそう聞かれたが、俺も簡単に引き下がるわけにはいかない。どうしてもおかしいと思えてならないんだ。


「個々の情報を開示する必要はない。ハルの採点が他の受験生と比べどの程度であったのかを教えてもらいたい」

「残念ですが、お答えできかねます」

「どうしてもか?」

「ええ、できません。陛下を通し正当な理由と正式な開示要請をいただけるのであれば応じましょう」

 どうやっても開示は無理ということか。筆記などあってないようなものだが、実技の結果というのは他人の戦力を開示するということ。難しいと思ってはいたが、付け入る隙もないとは……


「殿下はハルトくんが不合格となった理由を調べているのでしょう? どうやら第一騎士団の高位貴族達と教会が絡んでいるようですよ。私の意見さえ無効化されるほどの力が働いている。ハルトくんを守りたいのであれば、今年の入学に無理やり捻じ込むのは悪手でしょう。私から言えるのはそれだけです」

「そうか」

 俺にとってはファビアンが意見したという事実だけで十分だった。ファビアンが動いたということは、ハルは不当に不合格とされたということだ。しかし彼の意見が無効化されるほどとは……

 どうりでシャウマン侯爵が口を閉ざしているわけだ。


「ここからは私の独り言ですが……

 ハルトくんの面接の際にみんなの前で『騎士より聖職者になるように』と言った面接官がいたようですね。ホラント侯爵の弟だったか。実力もないのにその生まれと父や兄の力で騎士団に寄生している男ですが、横領の疑いもありますし彼にはそろそろ退場いただきたいですね」

 それは俺に対処しろということか? それくらい対処できなければハルに相応しくないとでも言いたいのか?

 やってやろうじゃないか。


 団長であっても、高位貴族を排除するのはファビアンでも難しいんだろう。それなら俺が適任だな。権力だけはあるからな。

 俺はさっそくコンラートとマルセルに結果を伝え、カール・ホラントを敵と定め排除するよう動き始めた。

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